穿き慣れない下駄がからんと小気味良い音を立てた。陽は傾き始めていて、少しだけ景色が見えにくい。纏わり付くような蒸し暑さは相も変わらずで、折角の浴衣なのだからと母に着付けついでにアップにしてもらった髪がしっとりと汗で湿る。家にあった宝くじの団扇で扇げば、お洒落度としては落ちるかもしれないが、暑いものは仕方あるまい。
大輝に宿題をさせるという難関は見事に突破した。暫くすれば飽き始める大輝にテッちゃんが発破を掛けたりだとか挑発したりだとかエトセトラ。結局は私とテッちゃんの課題をひたすら映す作業ではあったけれど、まあ空白よりは幾分かマシだろう。そんなこんなあって念願の三人揃って夏祭りなう、だ。
毎年恒例となっている夏祭りには小さい頃から三人で来ている。右がテッちゃん、左が大輝、真ん中が私。三人並んで歩く、いつからか手を繋がなくなってしまったけれど、それはまあ思春期とやらが関係しているのだと思う。人でごった返す道を三人手を繋いだまま横並びというのも動きにくいし、すごくすごく通行の邪魔だし(しかも一人は中学生とは思えないくらいでかい)。別に構わないのだけど少しだけ、寂しく思ってしまう。
しかし、お祭りの屋台と言うのはどうしてこうも高いんだ。と私は常々思っている。けれど並べられる美味しそうなたこ焼きも焼きとうもろこしも私に食べてくれないの?と切願してくるのだから困ったものである。ぐう、と慎ましやかな浴衣姿には似合わない音が帯から鳴る。溜め息混じりに左を見やると、ぎろりと睨まれた。腹の虫の犯人にしようとしたのがバレたらしい。
「何か買いましょうか、お腹減りました」
「あー、特にこいつがな」
「うっさい大輝」
色々と食べたい私とテッちゃんが少食なこともあり、いつも適当に買って三人でシェアするのも今年も変わらずだ。
穴場である神社の石段に並んで座ってパックを開ければ、ソースの香りが食欲をそそる。焼きそばを食べてると、テッちゃんが食べてるさつま芋スティックが欲しくなって交換することに。あーん、なんてやってると首に回ってきた腕にバランスが崩される。芋が気管に入って噎せた。こんなやり取り、前にもあった気がするぞ。
「なにすんの」
「別に?」
しらっと言ってのける大輝に反そうと口を開けば食べ掛けのいか焼きを突っ込まれた。うまいけど口の周りがべったべたなんですが。
「うっわ汚ね」
「いや誰の所為だと」
「俺だろ」
「殴っていい?」
「しょーがねーな。舐めてやるから来い」
「何がどうしてそうなったのか全く以てわからないしね」
伸びてきた腕に顔の両側を押さえ付けられたので、私は大輝の腕を掴んで離そうと力を込める。そりゃあもうぐぐぐ、と効果音が出るくらい力を込める。
ばちこーん、今度の効果音は正にこれだろう。私と大輝の攻防に終止符を打ったのはやはり救世主テッちゃんだった。イグナイトばりの勢いで大輝の額を掌が直撃した。そのまま後頭部を石段にぶつけた大輝は軽く震えている。
「テツ……てめっ……」
「調子に乗りすぎです」
「テッちゃん流石」
「ゆずきさんは早く顔洗ってきたらどうですか」
「あーい」
テッちゃんに言われるまま手洗い場を探すも、どうやら近くにはないらしくて神社から少し離れた場所にトイレがあった。致し方ないとそこまで歩いて無事に口元すっきり。さてと、じゃあ神社に戻るかと一歩踏み出そうとすれば、三人の男性方に阻まれましたとさちゃんちゃん。いやいやいや、ないわまじないわ。私さっきまで口元べったべただったんですよー。
「おねーさんお金持ってない?」
ってカツアゲかよ!女一人に寄ってたかって恥ずかしくないのか!とかどんだけ腹が立っても言っちゃいけないとは分かっております。普通ここはナンパだろ!とか思ってもここは堪えねばなりません。
「ごめんなさい、持ってないんで」
「ちょっとくらいあるでしょー」
「いや、あの、まじで」
「いいから出せって」
「本当にごめんなさい」
私なんも悪くないけど、理不尽だとも思うけど身を守るために取り敢えず謝る。然り気無く男の横を通り過ぎようとすれば腕を掴まれた。私を省みようなんて微塵も思ってない乱暴さがすごく不快だった。
「すいません。その人僕の連れなんで、離して貰っていいですか」
聞き慣れたらよく通る声に、どうしようもなく安心して、私は絡まれた恐怖を今やっと自覚した。振り替えれば、やはりよく知った彼で。だけど珍しく険しい表情をしていた。そういえば声も心なしか怒気を孕んでいたような気がする。
しかし三人組は人数的にも自分たちの有利と踏んでいるのか、にやにやと品の無い笑みを浮かべるだけだった。
「テツ、ゆず見つけたのか……って何してんのお前ら」
「青峰君、この人たちがゆずきさんに絡んでいたみたいで」
「ふーん」
「いや、あの」
長身故に必然的に見下ろす大輝に、今まで余裕綽々といった様子だった三人組はもごもごと歯切れ悪く言葉を詰まらせるとそそくさと逃げるようにその場を後にした。大輝の強面様々だ。
「……」
「……」
「……」
沈黙。私は謝罪やら感謝やらの言葉を紡ごうとするけど、上手く声に出せなかった。結構いっぱいいっぱいだったらしい。
「帰るか」「はい」の短い応答にこくりと頷いて、殆んど最後まで一緒の帰路を昔のように三人手を繋いで歩いた。
いつもいつも助けられて、今もすごく助かっている。無言のこの空間が心地好い。下駄の鳴らす音と蝉の声が木霊する。両手から伝わる体温に差はあるけれど、どちらとも私を安心させてくれた。じんわりと汗をかきつつも離したくないなあ、とそんなことを思いながら。あの角を過ぎれば、家まであと数メートル。
獣様よりお題拝借
夏祭りリク書いてて楽しかったです!好き勝手書いちゃいましたが……