「泣かないよ」
彼女ははっきりとそう言って見せた。それは強がり以外の何物でもなく、何か意味があるのかと言われれば断言はできないような、そんなものだった。
「そうですか」
黒子はそんなことも全てを悟っているように平淡な声で返した。
自分でも驚くほどに冷たい声だと他人事のように感じた。怒りを通り越した嫌悪すら孕んでいるような声だった。
そして落ちる視線も凍てつくように冷たかった。痛々しいほどの怒りをどこに向けるべきか、どこにも向けざるべきか、結局腹の中に無理矢理押し止めて耐えているのだ。
彼女が泣かないというのならば、
こっそりと、彼女にバレないように右手を握り締める。爪が肉に食い込んでただただ痛いだけだったが、何もせずにはいられなかった。
目前に散らばる教科書やら筆箱やらは全て彼女の私物だった。決して彼女自身が不要だからといって投げ捨てた訳ではない。これは彼女の探していたものだった。そして彼もまたそれを手伝っていたのだが。なんとも意外とも言えるのか、やはりとも言えるのか。取り敢えず、現状から言えば彼らの探し物は焼却炉の前に放られていて、しかもご丁寧に明らかに故意と思われる足跡がいくつも残されていた。
彼は出来るだけ音を立てないようにしゃがむと、散らばるそれらに手を伸ばした。今は少しでも、気持ちだけでも、彼女を刺激する要因を作りたくない。
彼女もそれに倣うようにしゃがみこんで手を伸ばすが、彼はそれを手だけで制した。戸惑うように空をさ迷った彼女の小さな手には、ぶしつけな程に絆創膏が巻かれていた。それが覆うのは華奢な指には不釣り合いの痛々しい切り傷だった。彼女の手は膝の上に落ち着くとスカートをくしゃりと掴んだ。規則的なプリーツに皺が寄る。
「大丈夫」
彼女が溢したそれは消え入るように小さくて、どうしようもなく嘘偽り以外の何物でも無かった。
「だいじょうぶ」
膝に顔を埋めて、もう一度漏らしたそれは、こんなにも近くにいるのに彼にすら届かないような声だった。
彼はまるで呪いのようだと思った。こんな彼女を気丈だと称えるべきなのか、慰めるべきなのか、はたまた怒るべきなのか……結局はどれも選ばずに、選べずに今もこうしてただ憤怒を噛み殺すことしか出来なかった。
いじめられてるヒロイン。