幸せな酸欠

「好き」

 最初空耳かと思ってしまった。だから私は食べ掛けのタコさんウインナーをくわえたまま彼を振り向いたワケで。やばい多分私めっちゃ間抜けな顔してる。だって例え空耳だったとしてもいきなりそんなこと言われたら誰だって驚くだろ。しかも相手はあのなんでも出来ちゃう完璧イケメンモデルの黄瀬涼太なのだから。よくああそういえば涼太モデルだったね、とか言ってしまうけど。そのたびに酷いっス、だなんて言って泣き出す彼はそういう所がモデルらしくないと思う。

「ふぉ?」

 やはり間抜けな声が漏れた。だって私は未だにタコさんウインナーをくわえたままなのだから。いやだって空耳だと思う。私と涼太は仲良くしているとは思うけれど、今みたいに昼休みに昼食を一緒にとる位には仲がいいと思うけれど。それはあくまで友人として仲がいいに過ぎないワケで。だから無防備にも私はこんなにも間抜け面を彼に晒すことが出来るワケで。だから聞き返したのだ、やはり間抜けな声でも大丈夫だった。だって私たちは友人関係なのだから。しかし、何故だろうか。なんで涼太の顔がこんなにも近いんだろうか。ちょ、これ、俗に言うチューとやらなのでは。待っ、私ファーストキ――

 奪われた。ああ、唇の話ではない。私のファーストキスはまだ無事だ。きっとギリギリセーフで許してもらえる。あれ、誰に?まあ、いいか。兎に角、目の前の金髪を睨む。もごもごと形のいい唇が私のタコさんウインナーを咀嚼する。

「私のタコさんに何するの」
「え、そっちスか」
「間接チューとか今更だろ」
「いやそれもあるけどそうじゃなくて」
「意味わからん」
「俺の告白はスルーっスか?」
「ああ、」

 あれ空耳かと思った。そのまま伝えて箸を唐揚げに突き刺した。口に放って咀嚼する。よし、同じ鉄は踏まない。

「好き」

 私が唐揚げを燕下した頃合いを見計らってまた冒頭と同じ言葉を落とした。それは他ならぬ彼自身が言っていたように所謂告白と呼ばれるやつらしかった。

「私も涼太のことは普通に好きだよ」
「それは友達としてってことっスか?」
「うん」

 私は空になった弁当箱を包んで鞄に仕舞うと紙パックジュースのストローを啜る。

「でも間接キスは嫌じゃないんスよね?」
「嫌じゃねーよ?」
「じゃあなんで?」
「なんていうのかな。涼太と恋人同士っていう想像ができない」
「うん?」
「例えば、間接チューはいいんだよ、友達でも普通にするし。だけど涼太とチューは無理。できない」
「え、それ傷付くんスけど」
「だってなんか、」

 いやキスとかしたことないのだから想像しにくいってのもあるんだろうけど。その綺麗な顔にってか唇に、非凡だなんて論外とも言える私の唇が重なるなんて。なんか、とてつもなく……ほら、考えただけで心拍数が上がってる。今にも心臓が止まりそうなのに、忙しなく主張する心音のお陰でそれは起こらないとなんとかわかる。

 てかまじ鳴りすぎじゃない?大丈夫か、私の心臓。むしろ止まるんじゃね!?これヤバイんじゃない!?え、涼太どう思う!?

 涼太は呆けたようにぽかんとすると、深く溜め息を吐いた。
 溜め息とは涼太のクセに生意気だな。

「じゃあ、」
 涼太はぐい、と顔を近付けて来た。あれ、これデジャブ。いやでも、もう私の口にタコさんはいないのだけど。

「してみれば、わかるんじゃないんスか? チュー」

 唇が触れる直前に言うだなんて卑怯だ。もうすることが前提になってるじゃないか。私は無理だって言ったのに。ほら、やっぱり想像した通りだ。心臓が痛いくらいに鳴っているじゃないか。呼吸がしにくいのは唇が塞がれている所為なんだろうか。頭がいっぱいいっぱいで、なんだか胸もいっぱいで。だけど、嫌だとは思えないのはなんでなのでしょ。苦し紛れに涼太のネクタイを緩く掴んだ。



人魚様よりお題拝借

無自覚だけど実は両想い
…わかりにくいですねすみません
相互記念に恋するアリスのめれんげ様に捧げます



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