ひにくとなみだ

 いつもと変わらず私の病室に彼が現れたとき、ああなんだと思ったわ。だって彼、私服だったんですもの。初めて見たわ、だって彼の入院服だとか寝間着だとかしか見たことがなかったのよ。まあ、当然と言えばそれ以外の何物でもないのだけれど。だって入院しているんだもの。だけど、今日の彼は私服なの。彼は学生だと聞いていたのだけど、随分落ち着いた格好なのね。元々ちゃらついた印象はなかったのだけれど。新鮮、とでも言うのかしら。ああ、だけどこれで最後なのね。清々するわ、だって彼、飽きもせず毎日毎日私の部屋に来るのよ。私は部屋から出られないから彼の部屋には行ったことがないのだけれど、そんなに暇なのかしら。でも同室のお爺さんから花札?とかいうものを教わっただなんて話とかは聞いたわね。本当になんだったのかしら。やっぱりこの人変だわ。

「退院おめでとう、だなんて言わないわよ」
「今、聞けたからいいさ」
「可哀想な位に楽天的ね」

 彼は最後まで変で不思議だったわ。でもこれで良かったのかもしれないわね。彼が私を厭になる前に、彼が私を厭と云う前に、お別れできて良かったと思うの。何故かしら。私、人に厭と云われることには慣れているつもりなのよ。だって厭な子なんだもの。
 だけど、本当に何故かしら。私、彼に厭と云われたら、平気でいる自信がないのよ。どうしたって堪えられそうにないのよ。苦しくて仕方ないのよ。哀しくて仕方ないのよ。
 けれど、今日は不思議なことが多いわ。私、お別れにも慣れている筈なの。当然よね。だって病院での生活長いんですもの。生活、だなんて言ってしまえる程度にはここに慣れているんだもの。私なんかよりずっと遅く入院してきたくせに皆すぐに退院してしまうのよ。彼もそうなのだけれど。彼は明日からいないのね。もうお話ができないのね。きっと沢山厭な気分にさせてしまったわ。でも私、ごめんなさいもありがとうも言い方がわからないのよ。なんて伝えればいいのか知らないのよ。

「俺、もう行くな」
「そう、さようなら」

 これが私の精一杯なの。お別れの言葉しか知らないの。でも、こんなに悲しいだなんて初めてよ。さよなら、がこんなに難しかっただなんて知らなかったわ。伝えられなくてごめんなさい。

「ゆずき、また明日な」

 そんなの、嘘。でも信じてみたいと思ったわ。なんで、涙が出るのかしら。

 翌日からも本当に病室を訪れた彼は、本当に不思議な人。私は、初めて嬉しくて泣いたわ。





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