せなかあわせ

「緑間君! 高尾君! 差し入れて持ってきたよー!」

 そう言って笑顔で勢いよく体育館の扉を開けた白河は、俺の顔を見るなりあからさまに顔をしかめた。

「げ、宮地」
「うっせーよ、差し入れとかいんねんだよ。刺すぞ」
「宮地にじゃないし!」
「別に欲しかねーよ」

 白河は俺の同級生で、何故だか三年間同じクラスの所謂腐れ縁ってやつだ。しかしどうも馬が合わないらしくて、お互い顔を会わせる度悪態を吐く。
 そんなこいつは最近うちの一年生レギュラーがお気に入りらしく、何かと理由を付けては部活に顔を出してくる。

 強豪バスケ部で一年生でレギュラーになれるなんてすごーい。え、二人もいるの?なにそれすげー。それってどんな子なのよ気になるー。だと?うるせーよ、鬱陶しくて仕方ねえ。

 周りには、喧嘩するほど仲がいいだのケンカップルだのふざけたことを抜かす奴らがいるが、てめーら全員轢くぞ。
 本気で白河どっか行け。視界に入るな喋んな。いっつもきゃんきゃん喚いて俺には顰めっ面しかしねえクセに、緑間だとか高尾にはきゃーきゃー似合わねー高い声出したりだとか、満面の笑顔しやがって。まじで可愛くねー……

 そんなことは建前だ、分かってる。俺はもう随分前からこいつのことが好きだ。会う度に噛み付き合って、自分でも素直じゃないと思う。だけど白河の俺に対する態度がこうなのだから仕方ない。だからこれは片想いだ。自分でも趣味悪いと思うが、いつの間にか好きになってた。なんでだよ、くそ。

 だから白河を視界に入れたくないってのは半分本気だ。好きな女が他の男、しかも自分の後輩(一人はすげー生意気)に入れ込む姿なんて、見てて面白いもんじゃない。

「先輩いつもどうもでっす」
「どうよ? うまい?」
「うまいですけど、多すぎなのだよ」
「うちのレモン全部漬けたからな」
「ぶはっ! どんだけすか」

 しょうがないから緑間君と高尾君以外にもあげよう。とかドヤ顔本気でうざい。すると白河が不意にこちらを向いた。やはりムスッとしたふてぶてしい表情を浮かべる。態とやってんのか。

「ん」
 眉間に皺を寄せたままタッパーを目の前にずいっと差し出してくる。

「なんだよ」
「レモンの蜂蜜漬けだよ」

 目悪いのかばーか、と続けるこいつを本気で殴りたい。落ち着け、俺。仮にも女だ。しかも惚れてる女だ。

「だからそれがなんだよ」
「だから! やるっつってんの!」
「は?」

 思わず間抜けな声が出た。いや、期待しなかったわけではないが。好きな女が作ったもんだし、食ってみたいとも思っていた。調理実習で作ったとかいうマフィンだとかクッキーだとか、今回のような蜂蜜レモンだとか、たまに弁当だったりだとか。正直、緑間も高尾も殴りたい。

「別に、食べたくないなら無理しなくていーよ」
「……食う」

 一体どんな風の吹き回しだ、とは思うがこの機会を逃したら駄目だとはわかる。指で一つ摘まんで口に含めば甘酸っぱい味に疲れが抜けるみてえだった。気のせいだろうけど。やばい、うまい。
 白河がじい、と自棄に緊張したような顔して覗き込んでくる。

「んだよ、毒でも入ってんのか」
「入ってるわけないじゃん、ばっかじゃないの」
「お前まじで可愛くねー」
「別に宮地に可愛いとか思われたくないし! きもい!」
「まじで轢くぞ」

 なんなんだよ。いや、俺もなんなんだよ。素直にうまいって、一言礼が、言えない。

「宮地にだけあげないとか私が性格悪いみたいだからあげたたけだしね!」
「うっせーよ! もう用ねーならどっか行け!」
「言われなくても行くしね!」

 そう言っていーっと歯を見せて、緑間たちの方にばたばたと走って行く。小学生か、あいつは。可愛くねー、まじで可愛くねー!

 苛つきながら指に付いた蜂蜜を舐めとっていると、高尾がにやつきながら近付いて来た。

「素直じゃないっすねー」
「あはは、木村ー軽トラ貸してー」
「いや、ちょ」

 一年生のクセに揃いも揃って生意気だ。





「白河先輩」
「なあに、緑間君」
「俺が言うのもなんですが、もう少し素直になった方がいいのだよ」
「……」
「今回は、食べてもらえてよかったですね」
「本当に生意気だよね、君ら」





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