「おい」
「何よ、付いてこないでくれない?」
「おい、白河」
「付いてこないでって言ってるでしょう?」
ああ、もう苛々する。下がる機嫌に反比例するように歩みの速度を上げる。静かな廊下にシューズのきゅ、きゅ、と擦れる音が二人分。忙しなく響く。
なんでこいつ付いてくるのよ。こいつが何考えてるのか、なんて理解できる人間は稀だと思うけど。
「なぁ白河、どこまで行くんだ」
「あんたが居なくなるまで」
「なんだ」
急に後方で音が止む。木吉が立ち止まったのだろう。本当になんだったんだ――と、思った所で腕を引かれつんのめる。
「何、この手」
「ん?」
「離してよ」
「離したら話せないだろ」
「話さなくていいから離して」
「離さなくていいのか?」
「だから! ああ、もうややこしい!」
木吉の所為で余計に苛々する。一体なんなの?何がしたいの?嫌がらせ?
「なんで付いてくんの」
「お前が心配だから」
「心配って何がよ。ていうか、余計なお世話」
「話、聞くから」
「聞かせるような話はないしもしあったとしてもあんたなんかには絶対に話したりしないからお願いだからもうほっといて」
句切りなく一息にそう並べ立ててみても、木吉は一向に掴んだ腕を離そうとしない。
「あのさ、私一人になりたいの」
「うん、分かってる」
「分かってるならなんで離してくれないの? ねぇ、頼むから。今は一人にして」
もうそろそろ限界だった。声が震える。はやく、はやく、ひとりにならないと。
「だってお前、泣く気だろ?」
「だ、れが!」
「お前一人で泣くんだろ」
「そ、んなわけ、ないじゃん」
「俺を頼れよ」
「なんで、あんたに、なんか」
「なぁ、白河。強がるなよ。もっと素直になっていいんだぞ、頼っていいんだ」
「だって、そ、んなの、」
「辛いなら辛いって言えよ。頼むから一人で泣いたりするなよ」
喉の奥が痛い、口の端がひくひくと痙攣する。
「お前はよく頑張ってるよ」
そんな月並みな台詞で、とってつけたような優しさで、けれども私は酷く安心してしまったのだ。
ダムが決壊したかのように止めどなく涙が溢れる。それはぼたぼたと落ちて制服に染みを作った。
ゆっくり腕を引かれ、私は当たり前のように木吉の腕にすっぽりと収まった。
木吉の体温が直に伝わってきて、背中を撫でてくれる大きな手があまりに優しくて、余計に涙を誘った。
全部全部木吉の所為だ。
ばかきよし、そう呟いて私は遠慮なく木吉の胸に顔を埋めた。
嘘だよ様よりお題拝借