「白河さん」
「……」
「白河さん」
「……」
「ゆずきさんって呼んでるの聞こえませんか?」
「うっさい黒子聞こえてるよこんちくしょ」
句読点もなくつらつらと流れた言葉は、唐突な閃光に掻き消されるように遮られた。数十秒遅れてゴロゴロと唸るような音が伝わってくる。
放課後の一教室にて、黒子テツヤと白河ゆずきが厚くて重たそうな雨雲と豪雨とを眺めてどうしたものかと思案した矢先のことである。先ほどより断続的に落ちる雷の所為で立ち往生する羽目になったのだ。
さて、掻き消されるようにと表現したものの、音速と光速の速さには差異があるので実際音によって声が消された訳ではない。続きを白河が発声することかできなかったのである。窓から光が射し込んだ瞬間、白河の発声器官は機能することを拒否する。思わず息を止めてしまうのだ。殆んど反射に近いそれを白河はどうすることもできなかった。
クツクツ、と静かに笑う気配がして白河は黒子をじっとりと睨んだ。一方の黒子は白々しくもいつものポーカーフェイスを決め込む。黒子の席の前に向き合うように座り込む白河はせめてもの強がりのように黒子から視線を外さない。
「僕を睨んでも天災はどうしようもありませんよ」
「なにをいってるのかわからんな」
「白河さんって本当に頭悪いですよね」
「ねえ、喧嘩売ってる?」
「え?馬鹿だって言った方が良かったですか?」
「よし買ったおらこっちこいよ、」
もう何度目かわからない閃光にやはり白河は大袈裟に肩を跳ね上げた。せき止まる声と彼女の様に黒子は表情筋をあまり使うことなくにやつく、という大技をみせた。
「ちょ……、なんか近くない?ねえ、ゴロゴロって、十秒も経ってないよね?」
「あれ?喧嘩買ったとか言ってませんでした?」
「べ、つにいい……うん、もういいわ、うん」
「怖いならそう言えばいいのにって思っただけなんですけどね」
上手く伝わりませんでしたね、すみません。頬杖を着きながら心の籠っていない謝罪を口にした黒子は大層性格が悪いと白河は今更ながら思った。そして本当に今更ながら今日に限っては特に一緒にいることを心の底から後悔した。
「なんのことだかさっぱりわからないね」
「どの口が言うんですか」
はい、この口ですが何か。という軽口を叩けるほど現在の状況は白河にとって易しくはなかった。攻撃的にすら感じられる光と音は彼女の喉を萎縮させるには充分で、ひゅという音を漏らすのみである。彼女にもう泣き出してしまいたい衝動が襲うのは、雷と目の前の彼の所為も少なからずあるのだろうが。
彼はといえばこの上なくこの状況を何よりも楽しんでいるようであり、愉悦にも似た視線を寄越すばかりである。彼らの静かな攻防はまだ始まったばかりだ。
Title by 獣