こんなにもいとしおしい時間をだれが奪えるだろう


 にまにまと自然に緩む頬を引っ提げたまま手を引かれて海岸を歩く。少しだけ、文字通り背伸びしたヒールなんかで砂浜を行くものだから歩きにくくてしょうがないのだけれど。それでもこんなに機嫌が良いのは他ならぬ彼と一緒だからだ。
 歩幅は揃わないし会話は途切れているし、リードしてくれてる筈の彼氏さんは緊張してんのがモロバレだし。それでも、いやその不慣れが様子が可愛い、とすら感じてしまうのだけれど。

 一人暮らしというのもあって彼の家にお邪魔することもよくある、ってかデートは専らお家デートくらしかしたことないんですが。だけどあれもしかして私の部屋より片付いてね?ってくらい綺麗だし。それはまあ散らかすほどに物が無いっていうのもあるんだろうけど、料理だって上手だし正直女子力で負けている可能性が否定できない。つまりあれだ、家なら家でもいいんだけどさ。彼女らしいこととか出来ないのよね。取り敢えずは今後に私が努力するとして置いとくけど。
 つまりカレカノらしさが私たちには足りてない気がするのですよね。新鮮さが欲しいとでも言いましょうか。別に家でゴロゴ……まったりしとくのも好きだけど、大我くんと一緒にいれるだけで幸せ噛み締めちゃったりしてますけど。ていうか、バスケに時間取られ過ぎてどっか行ったりとか出来ないってのもあるんだけどね。ぶっちゃけ寂しくないって言ったら嘘になるけど、そんな所謂私と仕事どっちが大事なのよ!的なこととか絶対言いたくないし。そんな一方的な気持ちの押し付けなんてしたくない。それに一つだけとはいえ私の方が年上だし、そんな風な我儘を言うのはなんだか気が、引ける。
 とか思っていた訳ですがどんな風の吹き回しなのか、先日大我くんからデートのお誘いを頂いたときは思わず固まってしまった。態々二年の教室を訪れたのにも驚いたけれど、なんだか改まってお誘いを受けたものだから珍しいなぁ、だとか思いながらも照れ臭くてこそばゆくて嬉しかった。嬉しさのあまりリコに興奮気味に報告したら五月蠅いと一蹴されちゃったんですけどね、やだもうリコたんったらツンデレね。
 という訳で冒頭に至った訳ですが、何処に行ったところで、何をするにしたって、なんであれ嬉しい癖に。ねえどこ行くのとか弾んだ声を掛ける私と緊張と照れの混ざったような、しどろもどろな返答をする彼がこれまた可愛くて愛しくてやはり私は浮かれた。

「最初……サーフィンでも、とか思ったんだけど」
「え?サーフィンってあのサーフィン?波乗りのサーフィン?大我くんサーフィンすんの?もしかして私もすんの?自慢じゃないけど私運動神経の無さには自信あ」
「それは思った」
「うーん、自分で言ったとはいえ多少は傷付くのだけどね?」

 言いつつやはり私は満面の笑顔のままで、さり気無く貶して来た言葉すら今なら軽く許せちゃうくらいだ。「この時期にサーフィンって寒くない?」時折思い出したように吹き付ける冷えた風に少し身震いしつつ問えば「サーフィンはオールシーズンのスポーツなんだよ」とのこと。真冬でも海とか入っちゃうのかい?なにそれ気合だな、だとか頭の隅で思いつつもしや本当にするの?だとかデートという事実だけで既に興奮しまくりの明らかに思考機能が低下した脳内に詰め込むように考える。

「でも、初心者がいきなりってのもあれだし」

 そう言って拗ねたような表情で頭をがしがしと掻き回しながら、「あー」だの「うー」だの珍しく歯切れの悪い声だけを漏らす。なんだ男ならはっきりしろよとは思ったけれど、やっぱデートだし雰囲気とか悪くしたくないしね。ここは大和撫子ちゃんを装いますよ。彼氏を立てる立派な彼女をしてみますとも。

「デ、デートってどんなことすりゃいいのかわかんねーし」
「うん?」
「俺、いつも先輩といるだけで割りと楽しいっつーか……でも俺ばっか楽しくても先輩がつまんねーんなら一緒に楽しいこと出来れば、とか思った……何笑ってんだ」
「笑ってない笑ってない」
「明らかににやついてんだろうが!」

 だってしょうがない、これは不可抗力すぎる。だって、ああもうこの彼氏さんてばなんでこんな可愛いんですか?胸いっぱいに空気を吸い込んだみたいな充実感のある苦しさとでもいうのか、同時に私は体が軽くなったような錯覚を覚える。込み上がる何かを抑え付けるように地団駄を踏みたくなる衝動は必死に喰い止めた。デート中にそんな奇行をしてしまう訳にはいかない、うちの彼氏マジ天使ぺろぺろはすはす。

「あー、もうわかんねー」
「ちょっと説明諦めないでよ」
「……ゆずきと歩きながら話とかしてみたかった!それだけだ!悪ぃか!」

 勢い任せのように噛み付いて来る大我くんが可笑しくて、でもやっぱりそれ以上に愛しく感じてしまうのはこういう時間が少なすぎるからなのか。だからさらりと漏れ出てしまった「大我くん大好き」の言葉は私にとっては当たり前すぎることだった。言ってしまった後から事の重大さに気付く私はやはりバカなのか。顔に熱が篭るのを自覚しながら視線を泳がせると、きっと私と同じくらい顔を真っ赤にした大我くんと向かい合ったままで二人して固まった。

「自分で言っといて照れんなよ……」

 視線を逸らして手の甲で口元を抑えながらぼそりと呟かれたそれにへらりと笑う。その瞬間僅かに動く口元を見た筈なのだけれど、残念なことに此方まで届くには明らかに声量が足りなかった。なんとなく予想の付いたそれを今度はにやにや笑いながら「ねぇ何て?何て?」と態々聞き返す私に「なんでもねーよ!」だなんて自棄になる大我くんは大層面白い。もう一度さっきの言葉を言うくらい自棄になって貰おうと、先に歩き出した彼に小走りで駆け寄る。

Title by 獣


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