何が悲しいってそりゃ


「太腿、噛ませてくれないか」

 メロスでなくとも激怒するであろう台詞を先輩は真顔で、いやむしろキメ顔で言ってのけた。そういったことは真面目な人が言うのとそうでない人が言うのとでは全く重みが違う。そして先輩は断然前者に当たり、余計に言葉の重みが圧し掛かる。重い、重すぎて私一人では対処しがたい。怒りを飛び越えて呆れをすり抜けて日常化しつつある先輩のそれを私は許す訳にはいかない。この場面で唯一救いがあったとするなら、それはそれが私の部屋にて二人っきりで発言されたということだ。いや二人っきりだからこそなのか、でもこの人なんか色々と嗜好が人と違ってそうだし。しかし、私にどうしろと。いやあの、この人私の彼氏なんですけど。一応恋人という関係にある以上、私は先輩のことが好きな訳で。それは憧れであったり尊敬であったりとかいう感情だって少なからず含まれている訳で。色々な欠点だとか汚点だとかがあったとしてもそれをひっくるめて好きとして彼と交際している訳で。けれども私はイエスでもマリアでもナイチンゲールでもないのである。ああならどうぞと笑顔で太腿を差し出すのは、うんごめん、無理。あれ、私普通だよね?普通に無理だよね。イエスだとかマリアだとかナイチンゲールだってドン引くよね。きっとそうだそうだと言ってくれ。因みに今現在私は無表情です。え、あのどんな反応すればいいんすか。

「あ、いや違うぞ。内腿だから」

 ああそうか。って違うだろ!可笑しい!可笑しいよ!なんで内腿ならおっけーみたいな感じの言い方してる訳?違うぞってなんだ。太腿も内腿も変わらねーよ!どっちみち腿だろ!つか問題違う、そこじゃない。いや場所的問題だって大問題だけども。一旦落ち着こう、冷静になれ私。

「あの、普通に嫌です」
「えー」
「えーじゃない。つか内腿て、余計際どくなってません?」
「そっちの方が燃え「黙れ」
「大丈夫だ。別にやらしい意味じゃない」
「ああそうなんだ、って。いやいやいや、下心以外の何だって言うんですか。むしろいやらしさ100パーセントでしょ。つかやらしい意味以外の意味ってなにそれ怖い」
「怖くないから大丈夫だ」
「ちょおま話聞いてた?」

 あれ、この人私の彼氏ですよね?そして私はこの人の彼女ですよね?どうしてこうなった。いや彼女以外の人にそんなこと言うのなんてそれこそ可笑しいけど。可笑しいってより犯罪物だけど。ていうか私以外にそんなぶっとんだお願いしようものなら凄まじいアッパーカットをお見舞いした挙句キンニクバスターの刑に処するけど。え?先輩ですけど何か?いやまあしかし取り敢えずお願いの相手は私で、しかも運がいい事に私は彼女で……あれ、いいのか…?噛ませても、ありなのか?いやいやいや、例え彼女であろうともですよ。だって見てあのキメ顔!そしてこの爛々と輝く無垢な瞳!端から見たら可愛い可愛い草食系ですよ。ところがとんだ肉食系だよ。しかもガチの方の!カニバリズム…とはまた別なんでしょうけど。取り敢えず、漂う犯罪臭がはんぱない。そんなキメ顔と真顔が相対し無言で無音な攻防が密やかに行われているのだ。じりじりと寄る先輩とそれとなく距離を保ちながらがんがん拒否のオーラを醸す私。オーラはやんわりとでない辺りが重要だ。そんな容赦をすれば天然というオールマイティスキルを行使されるに決まっているのだ。天然怖い。いや実際なんやかんやで天然が一番怖いよね。特にこの人は素で天然なのか計算なのか分からないから余計に恐ろしいよね。そして私は距離を保つ手段として腕で体を支えながら先輩から逃げている訳ですがこれ結構つら、い。
 不意にかくんと折れ曲がった肘の所為でバランスを崩し転倒する。所謂お姉さん座りのまま横に倒れた訳なのだが、謀ったな木吉鉄平!だっておいおい大丈夫かだなんて言いながら顔笑ってるしね。しかも身乗り出してきてるしね!危険信号は完全に赤を越えていた。すぐさま起き上がろうと腕を突っぱねるよりも早く足首を掴まれ、あろうことかそのまま自分の目線近くまで持ち上げる。当然再びバランスを崩した私は、羞恥心しか沸かないその格好に半泣きっていうか全泣きもいいところなんですが。

「ぎゃああああああああああ!」
「もうちょい色気ある声上げような」
「うっさいわ!降ろせ!」
「スカートでラッキーだったな!」
「ラッキーだったのはてめーだけです本当にありがとうございます」
「おう!どういたしまして!」
「ダメだこいつ伝わらない…ておまああああああ!更に上げんな!離せ!」

 必死にスカートの裾を下げて隠そうとめいいっぱい引っ張る。そんなのは無駄な努力だろうとは思うけど。ていうか「おっそれいいな。やっぱチラリズムだよな!」とかって絶賛されてますけど!なんなの、ばかなの?しぬの?ていうかしんでくれださい。

「なんか、良い匂いする」
「しねえええええええええええええええええ」
「こらこら、そんなこと言っちゃいかん」
「お前の方が今現在進行形で良からぬことしてんだけど!」
「はっはっはっ、大丈夫大丈夫!楽しんでこーぜ!」
「黙ってください楽しいのはてめーだけです。てかまじやめてやめてくださいお願いします。なんでもするから!なんでもしますから!お願いだからやめて降ろして死んで!」
「ん?なんでもしてくれるのか?じゃあー」
「だ か ら!離す条件だっつの!え、ちょ何。噛まれた挙句になんでも言うこと聞かなきゃ的な雰囲気やめろ!」
「いただきまーす」
「もうやだこの鉄心」


その後はご想像に
新年早々何書いてんだ



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