言葉より強く


「高尾ー!移動教室行こー!」

 元気溌剌という言葉が殊にしっくりくる彼女は、クラス公認の自分の恋人である。それは揺るぎない事実であり、これからもずっと一緒がいいだなんて、そんならしくもない子供染みたことすら考えてしまうくらいにはべた惚れの彼女様なのだ。しかし一歩廊下に出れば、遠慮がちにしかし確かにこちらに向けられる視線。一拍遅れてひそひそ、くすくすと嫌味ったらしいそれらを一身に受ける。

 あの子宮地くんの彼女じゃなかったっけ。二股掛けてるらしいよ。高尾くんは浮気相手だって。宮地先輩に迫ってるとこ見た。最低だよね、白河さん。うん、本当に最低だよね。

 噂話なら本人に聞こえないようにしろよ、ああ態と聞かせてるのか。然り気無く白河を盗み見るも、半歩前を行く彼女の表情は横髪に隠れてしまっていて此方からは伺えない。しかし何も聞いてませんとでも言うような、しらっとした態度で堂々と進む彼女は綺麗だと思った。勿論、噂の件は全くの嘘である。噂のお相手の宮地先輩と彼女は只の、幼馴染みである。そのことは他でもない俺が保証する。勘違いされることも多いらしいが、当人たちはきっぱりと否定していた。けど、
 一瞬軋んだ心臓を知らないふりで通す。すると白河の指に視線が止まった。ブレザーから延びる指が袖を掴んだままで、強く握り過ぎているのか指先が白くなり小刻みに震えているのが見て取れた。反射的に手首を掴むと、驚いた彼女は振り向いて俺は口を開こうと、した。

「目腐ってんのか殺すぞ」
「えっあ、宮地く」

 聞き慣れてしまった鋭い言葉は、噂話に花を咲かせていた彼女らを萎縮させるには十分すぎた。片手に教科書を持ったままずんずんと歩いてくる宮地さんは見るからに不機嫌そうで。それなのに隣の彼女は妙に安堵していて、なんだか耳鳴りがする気がした。

「どう見てもあいつらが付き合ってるだろうが」
「で、でも噂で……」
「はぁ?本人が言ってるのになんか文句あんのかよ」
「ご、めんなさ…」
「謝る相手違ぇだろ、轢くぞ」

 完全にビビりまくった彼女らは白河の前まで来ると、泣きそうな声で謝罪を述べた後そそくさと去っていった。駆けていく彼女の後ろ姿があまりにも嬉しげで、何も出来ない自分があまりにも情けなくて、柄にもなく泣いてしまいそうだった。しかしそんな様子は決して表には出さず、いつもねように軽薄な笑顔で二人に寄っていく。

「いやー、宮地さん流石っすね!まじかっけー」
「うるせーよ、刺すぞ」
「清ちゃんつよー」
「お前ら揃うとまじうぜーな」

 けらけらと二人で笑い、貼り付けたような黒い笑顔を浮かべる宮地さんに少しだけ焦る。けどなんだか肺が妙に重たくて苦しかった。

「でもすんませーん、さっきの俺の役目なのに」

 軽く言ったつもりで、はっとした。今のは半分皮肉な気がして。というのも自分の感情が漏れ出てしまっていて。正確には、俺の役目だったら良かったのにというのが正直なところなのだが。頼むから、そんな機微が伝わらないでくれ。しかし宮地さんはきょとんとして、いや珍しくて吹きそうとかは我慢するけど。

「お前が言ってもどうせ聞かねぇだろ」

 と何言ってんだお前とでも言うような顔をする。「つか言ったところで噂がどうこうなるとも思えねぇしな」と続ける。今度は此方がぽかんとする番だった。

「うぜーから俺は口が出ちまうけど、お前は話がややこしくなるから黙ってただけだろ」
「えっ」

 確かにその通りではあるのだが。まさか見透かされた挙げ句、そんな真っ正面から言われるとは思わなくて、少し動揺してしまった。そして宮地さんは何事も無かったかのように「じゃ、俺移動教室だから。お前ら遅刻すんなよ」と言い残してまたずんずんと歩いていった。
 俺は暫くその場で宮地さんの背中を呆然と眺めて、白河の「私たちも行こ」という声にやっと頷いた。年期の入った廊下にはもう人が疎らで、今度は隣同士に並んで歩く。

「宮地さん、かっけーな」

 そして、途切れた会話を埋めるように自然と漏れ出た言葉は本心からのそれだったのだと思う。彼女は頷きながら「うん」と小さく返して、やっぱりそれが苦しく感じた。「でも、」とこれまた小さく続けた彼女は、学ランの袖を指で掴む。どちらからともなく立ち止まって、二人して小さな指を見詰めた。矢鱈と細い指は学ランに映えて尚更白く見える。なんとなく庇護欲を彷彿させるそれから視線を上げると、彼女の瞳とかち合った。にっこりと笑むそれに見惚れてしまったのは仕方がないのではないだろうか。

「高尾も気付いてくれたから」

 言いつつ照れ臭そうに頬を染める彼女が可愛いのなんの。こいつこんな可愛かったけ。馬鹿だとでも阿呆だとでも好きに言えばいい。それが恋ってもんでしょうよ。指を絡め取ってから今度こそ俺が、だなんて口には出さない決意を胸に仕舞った。


title by infinity

優しい宮地さん(絶滅危惧種)を書きたかった



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