君にあげる言葉が生まれない

 部活前の体育館横の階段にて、如何にも暇そうに座って頬杖を付く見知った顔を見付けた俺は声を掛けてみた。

「おーい。佐原ー、また大地に怒られたって?」
「スガちゃんかー。うーん、おこらりたー」

 先日珍しく大地が部活に遅れた日のことを頭の隅で思い出した。明らかに殺伐としたオーラを醸す大地には正直びびった。それでも直感というのか慣れというのか。十中八九佐原が原因だろうとは気付いたけれど。

「あんま心配掛けるなよ」
「だからー、心配じゃなくて怒られたのー」

 それが心配してるってことじゃないか。とは思ったがそんなことは佐原だって分かっているのだろう。だから敢えて口に出しはしなかった。
 苦笑いを返して、近くの自販機で紙パックのジュースを買って佐原の横に腰掛ける。少し粗いコンクリートとジャージの擦れる音が厭だった。
 「ほい」と言いながらジュースを差し出す。佐原は少しだけそれをじっと見据えると「ありがと」と言って受け取った。それを軽く上下に振ってから細いストローを差す。「なんか紙パックジュースって思わず振っちゃったりしない?」そんなことを言いながら一口吸って、そのままストローの先をくわえる。

 もう、さっきの話しは佐原の中で終わってしまったらしい。反省をしない訳ではないらしいが、大地の怒号がどれだけこいつの中に残っていることだろう。そういう奴だと長い付き合いで分かっているだろうに、大地は変わらずこいつを怒るのだ。まあ、俺もだけど。

 それでも今回は流石の大地でも肝を冷したと言っていた。後から聞いた俺も正直のところ、腹の底がふわりと浮いたような。そんな瞬間的な恐ろしさを感じた。
 それは佐原が大怪我を負った、もしくは死んでいたかもしれないということにだろうか。それともそのことについてへらへらと全く以て意に返さない彼女の様子にだろうか。
 しかしまあ前者であれ後者であれ、今佐原が無事であることには変わりないし、彼女自身の意思に俺たちがいくら言ったところで結局のところどうしようもないのだ。それでも、

「言わない訳にはいかないよね」
「は」

 怪訝そうに此方を見る佐原に笑みを返す。そろそろ部活に行かなきゃ、とそんなようなことを言いつつ立ち上がる。
 すると彼女はストローをくわえたまま気だるげにひらひらと手を振った。息を吹き込んでぶくぶくと音を鳴らすものだから、行儀悪いよと少しだけ怒ってからその場所を後にした。


title by 嘘だよ


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