虚栄心モラトリアム

「日向くんはいいなあ」

 声に出すつもりはなかったそれは、しっかりと目の前で自主練に励む彼まで届いてしまったらしい。
 日向くんは手を休めるときょとんとしたまま何が、と返してくる。何が、だろうね。そんな曖昧な返事の私に更に疑問が募ったらしい。くりくりとした瞳で興味を一心に私に向ける彼は酷く無邪気であり、しかし怖いくらい常に真剣であることを私は知っている。

 手持ちぶさたに買ったパックジュースは、不味くもないけれど特別美味しい訳ではなかった。嫌いではないけど、拘りを持っている訳でもない。特に意識もせず、なんとなくだ。
 一口吸ってから甘いと不満を漏らせば「甘いの嫌いなの?」と言われたので少し考えてから首を横に振った。ただ甘すぎるのは嫌いかもしれない、というのは言わなくてもいいかと自己完結して口を閉じた。

 私は先程甘いとぼやいたそれをもう一度口に運んだ。日向は好奇心の対象を忘れてしまったのかまた練習を再開させた。つくづく子供のような子だと思う。
 相変わらず基礎は下手だなあ。ぼんやりと眺めていたつもりが、どうしてもその球体に引き込まれてしまう。壁レシーブも上手く続かない彼に誰かパスの相手はいないのかと問えばまたあの瞳でじっと此方を見返してくる。

「じゃあ先輩、しようよ」

 無邪気な言葉に思わず面食らってしまった。でもまあ今この場所に私と日向くんしかいない訳で。つまりパスする相手なんて私くらいしかいないと。「やだ」と手短に返すと、すかさず不満げな声が上がる。

「なんでですかー」
「やだから」
「先輩もバレーしたいでしょ」
「え」

 予想を超えた返答に思わず声が漏れた。「え?違うの?」と言う日向に「私がいつそんなこと言ったの」返せば彼曰く見てれば分かる、らしい。

 だっていつも見てるから、そう言いながらボールを此方に突き出して無邪気に笑う彼には、邪気が無いだけに私は曖昧に笑うしか出来なかった。
 確かに無意識にその球体に目を引かれてしまっている自覚はある。だけどバレーはやりたくないの、そう言うと日向くんは今にも泣きそうな顔をして問う。バレー嫌いなのか、と。

 たかだか他人がバレーを嫌ってるかもだなんて、そんなことで泣けてしまう様な、そんな一心不乱さが私に無いことがどうしようもなく悲しくて辛くてだから私はバレーがしたくないのよ、だなんてそんなことを日向くんに言ってみてもきっと解らないのだから彼の耳を汚すこともないかと、私はやはり曖昧に笑うだけを通すのだ。

title byキリン町

適当にするつもりはないけどそこまで入れ込めないことが悲しい
分かりにくい


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