閉塞的自己中心的少女

「あ、澤村だ」

 窓枠に腕を掛けパックジュースのストローをくわえながら、なんとなく向けた視線の先にいた人物の名前を口に出す。
 すると後方で椅子か何かの倒れる音がした。大方、東峰がビビって転けたのだろうと検討を付け振り向いてみる。そして案の定床に尻餅をついている東峰を発見、ビビりにも程があるだろ。

 澤村は体育館に向かっているようだった。今から部活ですかそれはそれはご苦労なことで。確か今年は凄い一年生が入ってきただのなんだのとスガちゃんが言ってたっけ。
 実力も相当だけど性格も難ありだなんて話を聞いたので、あら気が合いそうねと返しておいた。近いうちにバレー部にちょっかい掛けに行こうかと思う。でもまた澤村が怒るだろうな、でも面白いからいっか。
 物事は楽観的に考えた方がいい。何よりその方が楽しい、私が。

 そして先程から気になっていたのだが、視界の端で東峰が大きな体を小動物のように震わせているのだ……。
 絵面的にそれってどうなのよ。潔子ちゃんだったら可愛すぎて悶えるけど。でも潔子ちゃんは凛としてる所が素敵だからなあ。

 吸っていた紙パックが音を立てた。ストローを噛んでしまうのはどうしても治らない癖で、もういいじゃないと思っている。中身の無いそれのストローはくわえたままで、あやっぱり噛んでしまった。
 もう一度澤村に視線を戻すと、此方からは死角に入ろうしていた。立ち上がって窓枠に両手をついて少しだけ身を乗り出す。因みにここは三階だ。

「だーいちくーん!」

 すると澤村は立ち止まって怪訝そうな顔で辺りを見渡す。といってもこの距離では、澤村の表情の変化の機微がよく分からない。しかし私は両眼共にA以外取ったことがないし、経験上きっと澤村は顔をしかめている筈だと予想できる。
 やはりといった反応に満足して自然と口元がにまにまと緩む。後ろで東峰が「あ、危ないから!」とか「大地に怒られるよ!」とかしどろもどろになって止めてるけど、私はそんなのお構い無く更に身を乗り出した。

「きゃー!澤村せんぱーいこっち向いてー」

 するとやっと此方を見上げた澤村は盛大に顔をしかめた。キャラ崩壊お疲れ様でーすきゃぷてーん。とか思いながら私がにやにやしてると、今度はにっこりと笑う。勿論オーラはとてつもなく黒くて禍々しい。そのミスマッチが余計に恐怖を煽るのだけど、これだけ離れていれば私に実害は及ばないので余裕で鼻で笑ってやる。
 ていうか、折角まるで可愛い後輩かのような黄色い声とやらをあげてやったというのに。
 おまけにおーいと両手を挙げてブンブンと振ってみる。右手には紙パックが握られたままで、ストローの中に残っていた一滴が小さく飛び散る。

 前に体重が掛かって窓枠にお腹が当たるのが少し痛い。体勢を立て直すかと戻ろうとすれば、意思とは逆に重力に従順に傾く半身。
 あ、やばいと思ったときに澤村と目が合った。ぽかんとした、しかし切羽詰まった顔が珍しくて笑ってしまいそうだった。

 するりと落ちて荒いアスファルトにぶつかると小さく跳ねた。てんてんてんと落ちた地点から何歩か転がった紙パックを、私は東峰に後ろから抱えられながら目で追った。
 そのまま後ろに倒れ込んだのだけれど、東峰がクッションになったので私は完全に無傷だ。一方の東峰はさっきも尻餅ついてたし大丈夫なんだろうか。
 お腹に回った腕は、流石スパイカーというだけあってがっしりとしていた。「だから言っただろ!」と珍しく怒り気味に大きな声を上げる東峰が生意気だったけど、半泣きだったので威力は半分以下だ。
 お腹がじんじんと鈍く痛い。背中にから伝わる東峰の心音が矢鱈と速くて、「心臓止まるかと思った……」とやはり半泣きで漏らす東峰に嘘付け、と心の中で呟いた。

 東峰の心音の所為で気付かなかったけれど、私の心臓も中々に活発に活動してるではありませんか。思ったよりも焦ったのだな、と他人事のように考えた。へらへらと笑いながら振り向いて「ごめんね」と口にするけど、東峰は何か言いたげで。だけど私はへらへらと笑うしかできないの。本当にごめんって思ってるんだってば。態度に出そうともしてるんだけどな。
 そのまま後頭部を東峰の胸元に寄り掛かるように倒れてみる。咄嗟とはいえこの体制って同級生の男女としてどうなのって東峰いつ気付くかな。反応を見るのも楽しいけど、このままだと澤村が来て怒られるだろうな。しょうがないな。

「ねえ、東峰」
「え?なに?」
「私の胸触ってますよ」
「え…あっいやそのごめっ」
「よーし、脱出ー」

 東峰の腕が緩んだ隙に立ち上がる。にまにまと笑いながら教室のドアまでスキップで難無く到達。「あっ待っ」と言葉になってない声を漏らす東峰はしてやられたとようやく気付いたらしい。
 手をひらひらと振ってから、軽い足取りで歩き出せば反対側から物凄い速さで走ってくる澤村を発見。
 あれ、思ったより早かったな。だなんて思いながら声を出して笑いながら走り出す。でも現役体育会系にひ弱な女子が敵う筈もないので、右足を軸にしてくるりと振り返る。

「澤村ー!私が何カップか知りたかったら東峰に聞くといいよー!」

 思わず足を止めてしまったらしい澤村は一瞬ぽかんとする。「なっ、知らないしっ」という自棄に焦った様子の東峰を一瞥したことでしょう。私は今がチャンスなのでスカートを翻して全力疾走してますので知ったこっちゃないですがね。

title byキリン町
名前呼びか相当迷った


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