覚悟はあるか

青城との練習試合見に来たよ編


 及川徹という男は、人から見られるという行為に慣れている。見られるというより見惚れられるというのか。同姓からのそれは置いておくとして、大概は好意的なものであることを当人も自覚している。しかし今しがた彼は自分を捉える視線に困惑していた。いや、そんなことで困り惑うようなことはなかったが、異様な視線を不思議には感じていた。
 自分を半ば睨むように見続けるその相手は女子生徒のようだった。そのことが輪を掛けて謎な部分であったのだが、見覚えの無い彼女は他校生だろうという憶測の情報しか持ち合わせていなかった。だとしても、いや彼はだからこそなのか。背後からの視線に応えるようにくるりと振り返ると、人の好く笑顔を向けて声を掛けた。

「俺に何か用?」
「……チッ」
「えっ」
「チッ」

 あからさますぎる舌打ちに思わず面食らった及川を、女子生徒はこれまた態とらしく鼻で笑って見せた。物陰に半分隠れるように此方を凝視していた彼女は今度は堂々と此方にズカズカと歩み寄ってくる。なんとか気を取り直した及川は再び笑顔を貼り付ける。

「女の子が舌打ちなんかしたらダメですよー」
「……」
「おーい、聞こえてるー?」

 此方を睨んだまま黙りこくっている彼女に、どうしたものかと思考を巡らせていたとき、やっと彼女がぼそぼそと小さく声を漏らした。
 聞き取れなかった及川は「ん?」と声を掛け顔を覗き込むように近付ける。その瞬間、彼女は手持ちのスクールバッグを振り上げると同時に及川の顔面に見事クリーンヒットさせてみせた。今までのじれったい様子が嘘のように機敏な反応と不意打ちに及川は避けることなど出来ずにそのまま顔を押させてしゃがみ込む。

「ーっ、いきなり何、」
「お前なんぞに、潔子ちゃんは渡しません!」
「は」

 仁王立ちで見下しながら左手は腰、右手は此方を指差すという何処かで見たことのあるようないでたちで勢いよく言ってのけた。思わず間抜けな声を零す及川を未だにキッと睨み付ける彼女だったが、やはり及川には現状理解が追い付いていない。

「うーん?キヨコちゃん?」
「馴れ馴れしく呼んでんじゃねーよ」
「えっ」
「潔子ちゃんはな、マイエンジェルであり烏野の女神スーパー美少女クーデレマネージャー様なんだよ!そんな私の潔子ちゃんに手を出そうなど、万死に値する!」

 烏野、のマネージャー……?及川はある程度まともな情報を得た所でやっと理解が出来た。先程烏野のマネージャーに声を掛け、見事にスルーされたことはじくじくと心に残っている。及川は立ち上がりながらやはり笑顔を絶やさない。

「あー、あの照れ屋さんの子か」
「照れてねえよ」
「なるほどねー、じゃあ君のさっきのも照れ隠しだ?」
「なんでそうなるの?頭沸いてるの?つーか潔子ちゃんにあんだけガン無視されてよくへこたれないなあんたある意味すげーや」
「え?すごい?ありがとうねー」
「わーい、なんて都合のいい耳なのかなーもう一発いっとく?」
「そっかーキヨコちゃんって言うんだー」
「ダメだこいつ!すげーダメだ!私が言うのも何だけどすげーダメだ!」
「ねえ、アドレス教えてよ。あ、キヨコちゃんのも」
「誰が教えるかばーか!」

 もう一度スクールバッグを自分を軸にして回転するように振りかぶると、及川はそれを軽い足取りで避けてみせた。彼女は盛大な舌打ちを一つして逃げるように走り去って行った。

「いちご柄……」

 ぼそりと呟いた一言は、誰にも拾われることなく及川の中だけですとんと収まる。すると副主将である岩泉がやや苛つき気味に駆け寄ってくる。どうやら及川を探していたらしい。

「おい!クソ及川!練習始まんぞ!」
「はいはーい」
「何してたんだよ」
「んー、女の子に声掛けられてた」
「うぜえ」
「酷っ、でもアドレス聞き損ねちゃった。岩ちゃん今日来てた烏野の子分かる?」
「烏野?マネージャーじゃない方ならアドレス聞かれたぞ」
「えっ」



岩ちゃんはお気に入り認定確定
及川さんはちょいと苦手です


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