愛を込めて宇宙へ

「潔子ちゃーん!スポドリできたよー!」
「ありがとう、そこに置いといて」
「ねぇねぇ、私役立った?潔子ちゃんの役に立ってる?」
「はいはい、立ってる立ってる」
「まじで?まじで?じゃあぺろってい「救急箱の中身確認お願い」
「潔子ちゃんのお願いならばえんやこらー!」
「うん、よろしく」

 そう言って元気よく去っていく佐原を体育館内で見付けた日向は、隣にいた影山と揃って首を傾げた。終盤とはいえまだ冬休みの筈の学校には彼らのように部活でもない限り登校する奴なんていない。しかし佐原は「部活入るやつとかまじ意味わかんね」などといつもぼやいているような奴なのだ。そんな先輩がなんで学校に、体育館にいるのだろう。生まれた疑問を考えるよりも聞いた方が早いと、日向はせっせとマネージャー業務をこなす佐原に問いかけた。いつも以上ににこにこと笑みを深める佐原はなんだかとても幸せそうに見て取れた。

「今日の私は潔子ちゃんの狗だかんな」
「犬ですか?」
「おうよ、わんわんおー!」
「それいつもと何が違うんですか?」

 真顔で問う影山をいい笑顔のまま無言でスルーした佐原は、また忙しなく清水潔子の狗に戻った。佐原の清水潔子溺愛は田中、西谷と並んで今に始まったことではないが、今日はいつも以上にテンションが高い。しかしいつもなら清水に飛びついて拒否されてそれでもべったり引っ付いて離れないといった具合なのだが、先程の通り今日の佐原は正に忠犬のように清水に従っている。今までも時折バレー部のマネージャー業務を手伝うようなことはあったが、澤村にお願いされて(脅されて)渋々などといったことばかりだった。しかしどうやら今日は自ら来た様子であり、日向と影山は更に首を傾げた。

「あ、やっぱり」
「菅原さん!はよざいます!」
「おはよー」
「あの、やっぱりって……」
「え?ああ佐原のこと。今日来るとは思ってたけど気合入ってんなー」

 日向と影山より少し遅れて体育館内に入ってきた菅原は、いつも通り過ぎるリアクションで。佐原がいることを疑問に思う所か予想すら立てていたらしい。しかし、説明の足りていないそれでは二人は未だ理解が追いついていない。やはり疑問は考えるよりも先に口に出てしまうらしい日向が問う。

「なんで、ですか?」
「んーとね、今日は」
「潔子さーん!」

 続きを遮る声の主は勿論騒がしい二年生二人組みである。清水を見付けるなり駆け寄るのはいつものことだったが、今日は先客がいた。二人の前に立ちはだかるのはやはり佐原であり、ドヤ顔で二人を一瞥してから態とらしく清水に抱き付いてみせた。

「ふっふふー、君たちは少しばかり遅かったようだな!潔子ちゃんの狗、即ち潔子ちゃんの隣を陣取る権利は私がいただいたぜ!」
「ずっりーっすよ!」
「そーだそーだ!」

 そして三人まとめてファイルで叩かれるのもいつものことなのである。しかし三人にとってはむしろご褒美らしいそれはあまり意味は無いのであろうが。その証拠に頬も口元もだらしなく緩みきっているのだ。とまあ、いつも通りと言えばその通りに騒いでいた訳だが、その間に部員の殆んどが体育館に集まってきたらしい。大体の様子を遠くで(危害が及ばないように)傍観していた月島は近くの先輩に日向や影山と同じような疑問を問うた。

「で、今日ってなんかの日なんですか?」
「はーあ?」

 瞬間、ぐるりと回った首は三人同時で声も綺麗に重なった。これでビビらない方がどうかしている。そしてお前そんなことも知らないのかとでも言いたげな視線を寄越してくるものだから、どうしようもなく腹が立つ。佐原としては月島弄りの絶好の機会なのだろうが、今はそれすらも取るに足らないことらしい。

「おま、お前大丈夫か?」
「今日は世界で一番重要な日だぞ」
「これだから月島くんは」
「取り敢えず、普通の人にとってはなんでもない日ってことは分かりました」
「ってめえええええええええっつきしいいいいいいいいまあああああああああ」
「五月蠅いぞ佐原」

 そろそろ来る頃だと月島が予想してたのと殆んど同じタイミングで澤村からの注意が入った。しかし彼女としては自分一人名指しであることが不服らしく拗ねた表情を隠しもしない。

「ていうか、お前今日来るなって言っただろ」
「今日来ないでいつ来るというのよ」
「登校日に来い」
「澤村ぁ、お前もしかして今日何の日か、」
「忘れてんのはお前だろ」
「はあ?何をよ」
「課題、こら!逃げるな!」
「逃げてませんー!潔子ちゃんの狗だからご主人様の元へ帰ってるだけですわん」
「やっぱり課題終わってないだろ!佐原!」
「澤村は何のために冬休みがあるか知ってる?それはね、休むためにあるんだよ…!」

 しかし、従順な忠犬が戻った先の彼女もまたそんなことを許す筈もなかった。いやまあ当然なんですが。

「帰って課題しなさい」
「え、ちょ、今日が何の日かわかって言ってるので?」
「……」
「シカトとかあー!私得だけどすごく私得だけど!」
「返事は?」
「わん…」

 その後とぼとぼと普段とは別人のようにしょぼくれて帰っていく背中は自棄に小さく感じられたと。後日ある後輩は語っている。
 体育館を出てそのまま歩を進めた彼女は不意にくるりと方向転換をすると、また体育館に戻って来た。今度はなんだと言わんばかりの部員たちからの視線を物ともしない彼女はある意味大物なのかもしれない。

「潔子ちゃーん!お誕生日おめでとー!愛してるよー!」
「……」
「あっ、おっふ、あか…赤くなった潔子ちゃんまじ天使…!」
「五月蠅い」


title by 魔女
え…?誕生日お祝いですよ?


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