開放された窓からは澄んだ星空が覗き、爽やかな風が流れ込む。さすが城の一室と言ったところか。きらびやかな装飾が施された家具は隅々まで掃除が行き届いている。この客室を照らすシャンデリアを物珍しげに見上げていると、ガチャリとドアが開く。そこには現在私が一番会いたくない人物がいた。

「どうやらお姫様は、ご機嫌斜めみたいだね」
「……誰のせいですか」

その妖しげな笑みを見ると、自然と顔が歪む。彼――リチャードに用意された白基調の綺麗なドレスには、私の今の表情はかなり似つかわしくないだろう。


アスベル達と旅をしていた私が、なぜここにいるのか。それは昼時に遡る。
リチャードがウィンドルの新たな国王となった今日、彼は突然ラントの侵攻をすると言い出した。それを阻止するためアスベル達はラントへ向かうことになったのだが、それには条件が必要だった。リチャードが提示した条件とは“私をバロニアに残すこと”。


「どうして私が残ることになったのか、そろそろ教えて戴きたいのですが」

視線をリチャードから窓の外へ向けながら、精一杯の強気な態度で尋ねる。

「どうして今更敬語を使うんだい? 今まで普通に接してくれたじゃないか」

すると彼の口から出たのは、期待外れの言葉。質問を質問で返す、というやつか。まるで会話が成り立っていない。
ちなみに口には出さないけれど、リチャードの質問への回答。そもそも私はラントの一般家庭の生まれ、国王様にタメ口なんてきけるわけがないのだ。今まで一緒に旅をしていた時は身分がバレるといけないから普通に接していたのであって。
それともうひとつ。――今のリチャードは、どこかおかしいのだ。

「……まあいいさ。アスベル達が居なくなってしまったからね、退屈しのぎだよ」
「私がもし逃げ出したらどうするおつもりで?」
「逃げるつもりなのかい?」
「さあ、知りません」

実際、抜け道からこっそりと逃げてしまおうかと考えていた。私も故郷が気になるのだ。でも、私が条件を破ることでラントに被害が出たら元も子もない。ここは大人しく身を預かってもらうことにする。


「ところで……ナマエは“放ち鳥”って知ってるかい?」

ふいに、リチャードが私に尋ねる。何事かと今まで逸らしていた顔を向けると、なんと腰の剣を抜き、私の膝に宛がう。ドレスに触れるか触れないかの距離。彼の考えているであろう事を私も頭に浮かべる。冷や汗が頬を伝うのが分かった。

「翼を切って放し飼いにする鳥、でしたっけ」
「そう。飛んで逃げたら困るからね」

リチャードは余裕のない私をふっと嘲笑い、剣を鞘に収めた。

「例えばの話さ。そもそも逃げるのが困るなら、鳥かごに閉じ込めておけばいい」
「……確かに、これはとても豪華な鳥かごですね」

ぐるりと首を回して皮肉をこぼす。ああ監禁で済んで良かった。もし脚が無くなったら不便どころじゃない。

その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。リチャードが入れ、と返事をすると兵士が入ってきて敬礼をする。

「出兵の準備、整いました。予定通り日の出と共に出陣出来ます」
「!」
「そうか、わかった」

まさか、出兵って。
伝令を済ませた兵士は素早く退室する。それに続くリチャードを呼び止めた。

「待って! アスベルの報告も待たずにラントへ侵攻するつもりじゃ……」
「これはもう決定事項だよ。国の為なら、多少の犠牲は仕方ないだろう?」
「なんで……? リチャードは、そんな事を言う人じゃなかったのに!」
「昔の話だ」

ばたん、とドアの音が虚しく響く。広い部屋に一人残された私は力なくその場にへたりこむ。
違う、彼はリチャードじゃない。七年前に出逢って、ラントが好きだと言ってくれて、私がほのかに恋心を抱いたリチャードじゃない。だからさっきまで嫌おうと努力したのだけど、出来なかった。

ときどき顔に現れる彼の苦しそうな表情が、どうしても忘れられなかったから。


091221
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