「ヒューバート、眼鏡取ってみて」

ずっと机に頬杖をついてぼーっとしていたナマエが、今日初めて口にした言葉がそれだった。彼女の向かいに座り、書類を眺めていたヒューバートは何事かと顔を上げる。

「なんですか、いきなり」
「なんとなく」
「……無駄な事をしている暇があるなら仕事したらどうなんです?」

はあ、と大きなため息をつくヒューバートにナマエは頬を膨らませ、つまらないという表情をした。
しかし彼女はそこから動くことはなく、その後もじっとヒューバートの顔を見つめ続けている。さすがに照れくさくなったのか、彼は少し頬を赤らめながら咳払いをした。

「その、何かあるなら口で言ってくれませんか」
「めがねー」
「……わかりました」

反れることのないナマエの視線についに折れたヒューバートは、掛けていた眼鏡を外す。

「これで満足ですか」
「私眼鏡掛けたことないの」
「……」

彼女の何か言いたげな眼を察して、ヒューバートは自分の眼鏡をすっと差し出す。ナマエはパッと明るい顔になり、嬉々として眼鏡を掛けた。

「わー、視界がぼやける」
「僕も視界がはっきりしないので早く返してもらいたいのですが」
「もうちょっとだけ」

座ったままキョロキョロと辺りを見回すナマエをしばらく見ていたヒューバートは、なにやら思いついたらしく悪戯な顔をした。

すると彼は机上にあるナマエの左手をとり、彼女の手の甲に口づける。ナマエは一瞬何が起きたのかわからず数秒停止したが、状況に気づくと顔がみるみるうちに赤くなった。

「な、」
「ああすみません。視界がぼやけてわかりませんでした」

眼鏡が無いので、とヒューバートは不敵な笑みを浮かべた。


091219
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