「どうして貴方なんかと一緒に見張りしなくちゃならないのかしら」
「自分の運の悪さを呪うんだな」
夜風が静かに頬をかすめる。曇りのない星空の下で、ナマエは不機嫌そうに愚痴を溢した。
一行は明るいうちに街へと到着する予定だったのだが、いつの間にか日も沈んでしまっていた。暗くなれば道を間違える事態もあり得るので、野宿をすることになったのだ。
しかし全員が寝静まってしまえば、当然狙われてしまうもの。ここはクジで見張りを二人決めようとアスベルが提案し、クジ引きの結果、マリクとナマエが見張りとなって一晩起きている事になったのだった。
もう日付が変わった頃だろうか。焚き火がぼんやりと辺りを照らす。
ナマエはというと、ずっと落ち着かない様子だった。実は彼女は共に寝ずの番をしているマリクに思いを寄せていたのだ。しかし根っからのあまのじゃくであるナマエは、彼に対してとげのある言葉しかかけることができない。口を開けば嫌われてしまう、そんな事ばかり考えてしまい素直に会話を切り出せないでいた。
そんなとき、マリクが道具袋から何かを取り出しているのをナマエは見た。彼が手にしているのは、普段料理に使用するはずの赤ワイン。
「子供が寝たからって、いい気なものね」
「これからは大人の時間だ。たまには良いだろう?」
そう言うとマリクはコップを取り出し、適量を注ぐ。それを自ら飲むと思いきや、なんと彼はそれをナマエに差し出した。
「飲めない歳ではないんだろ?」
「……馬鹿にしない?」
「何がだ」
「今まで飲んだことないの、……お酒」
「そうか。なら尚更、何事も経験だ」
ナマエはうっかりペースにのみ込まれてしまい、渋々コップを受け取る。そして恐る恐る口に運んだ。
◆
これはマリクにとっても予想外の事だった。ワインを数口だけのんだナマエは、普段の態度からはまるで考えられないほど楽しそうに喋り倒す。――そう、ナマエは所謂“下戸”だった。だがそれよりも彼が驚いたのは、彼女の言動。
「私ずっと、ひっく……マリクさんが好きなんですよー」
どうやら普段の態度はただの照れ隠しであって、酔うとこんなふうに内に秘めた思いをつい口にしてしまうらしい。マリクは驚きつつも、新たな彼女の一面に興味を惹かれていた。
「ほう、てっきり嫌われているのかと思っていたが」
「そんなこと、ないですー。好きです、大好きなんですよー」
「わかった、わかった……後は俺が見張り続けるから、もう寝ていいぞ」
「はーい」
いつもならば意地を張って最後まで起きているであろうナマエは、あっさりと返事をし自分のジャケットを被せて眠る体勢に入る。最後に「本当に大好きです」と言って、早々と夢の世界へ旅立っていった。
「……一晩中付き合ってたら、心臓が持たなかったな」
◆
少し薄暗さの残る早朝。まだ他の面々は寝ていたが、ナマエは急にばっと身体を起こし、目をこすった。
「……寝てしまったのは謝るわ」
「別に構わん、寝ろと言ったのは俺だしな。それより……」
「……?」
「酔うと大胆になるタイプなんだな」
「……は!? ちょ、どういう事か説明しなさいよ!」
にやりと口角を上げたマリクの言葉に、さっきまで気だるげだったナマエの眠気は一気に覚める。顔を真っ赤にして立ち上がり挙動不審になる彼女を、マリクは愉しそうに笑っていた。
091219