「ナマエ、教官と同じ匂いがする……」
朝一番のソフィの一言に、私は飲んでいた紅茶を噴き出した。
◆
いや、あのですね。決してやましいことをしてた訳じゃないんですってば。ちょっとヒューバート、聞いてます?
「ちゃんと聞いてましたよ。匂いが移るようなことをしたんですよね」
「いや聞いてないし!誤解だからね!」
「教官とナマエがそんな仲でも、俺は別に態度を変えたりしないから気にするなよ」
「もうやだこの兄弟!」
「ナマエ落ち着いて!私が話を聞くから!」
シェリアに宥められつつ、キッと渦中にいるはずの人物を見る。ああ興味無さそうに欠伸をしている。大人の余裕ってやつですか!ちゃんと分かってくれるのはシェリアだけじゃないか。彼女が天使に見えてきた。
「昨夜マリクさんとお話してて、私がいつの間にかマリクさんの肩に寄りかかって寝ちゃったみたいなの。気づいたら朝で……それだけだから!」
「それならまあ、おかしくないわよね」
本物だ、地上に舞い降りた本物の天使がここにいた。後光が差している。シェリアは私の言い分を納得というように頷きながら聞いてくれた。
「どうだろうな。お前が寝てる間に俺が何もしてない、という保証はねえな」
遂にこの騒動の元凶が口を開いた。しかしそれは言い分ではなく、ただの爆弾だった。
「開口一番それですか!?なんで火に油注ぐんですか!?それが騎士のやり方ですか!ていうかなんかしたんですか!?」
「さあな」
ちょっ、何故そこは否定しないんですか。急に不安になってきた。マリクさんの笑顔が怖い。
「ふむふむ、あの二人はイケナイ関係だったと」
「パスカル。イケナイ関係って、仲が悪いってこと?」
「逆よ逆。仲が良すぎて……」
「ちょっとパスカルさん!ソフィに余計なこと教えないで下さいよ!」
ああこっちはこっちで面倒なことになってるし。こうなったのも全部マリクさんのせいじゃないか。私がそのまま寝なければよかったんじゃない?という話は棚に上げておく。いや、有ること無いこと言っているマリクさんが悪いに違いない。絶対に。
「マリクさんのせいでいろいろと誤解を招いてるじゃないですか!」
彼にずんずんと近づき、ガシッと服を掴んで揺さぶる。身長が足りなくて首まで届かないのが余計に悔しい。
「じゃあ、誤解されるような関係になってみるか?」
「は……」
そう言うとマリクさんは私の顎をクイッと指で持ち上げ……ってこれはまさか。
あまり当たって欲しくなかった予想は見事なまでに命中。制止を呼びかけようとして開きかけた唇は、彼によって塞がれてしまった。
「……っ、何してるんですか!」
数秒の思考停止の後、思いきりマリクさんを押し退ける。いや、だって、今何をしました?私生まれてこの方き、キスなんてしたことないのに!
「昨夜もしたから、初めてではないな」
やっぱりなんかしてたんじゃないですか!うわなにこれ、凄い恥ずかしい。まともな人に見えるからって油断したら駄目だ。
あ、そういえば。――背後を恐る恐る振り返ってみる。
「そういうのはせめて他所でやって戴きたいのですが」
「大丈夫、俺は応援してるよ」
「嘘はよくないわ、ナマエ」
「朝からおアツいねー」
「ナマエ、リンゴみたい……」
言い逃れなんて、今更出来やしなかった。
091217