髪の毛がふわりと浮いた気がした。風でも吹いたのかと思ったが、窓はすべて閉めきっている。じゃあなんだ。横目でちらりと見ると、隣に座っていたアスベルが私の髪を一束持って、それに口づけをしていた。思わず読んでいた雑誌を床に落とす。
「……恥ずかしくないの?」
「何が?」
「よくしれっとそんなことできるね、って話」
当の本人は何食わぬ顔だ。いくら恋人同士だからとはいえ、普通にされるとこっちが恥ずかしくて仕方がない。まあアスベルの性格を考えれば納得かもしれないけど。天然タラシにも程があると思う。
「さっきからずっと雑誌ばかり読んでるから、俺のこと忘れてるんじゃないかと思って」
「そんなことない、けど」
とりあえず他のことをしているとアスベルが拗ねるようなので、落ちた雑誌も拾わずそのままの状態で黙っていることにする。アスベルは変わらず、私の髪をいじるのを止めない。
それからしばらく時間が過ぎる。正直、そろそろいろんな意味で限界だ。アスベルの手首を掴んで、髪から引き離した。
「何がしたいの」
「ナマエの髪って綺麗だよな」
「え、ありがとう……じゃなくて」
また伸びてくる手をぱしんと両手で挟む。
「今度は私が忘れられてるような気分なの」
「構ってるじゃないか」
「これはアスベルが一人で遊んでるだけでしょ」
「じゃあ構ってくれよ」
「こっちが構って、って言ってるの!」
お互いににらみ合い、やがて同時にツンとそっぽを向く。そして共に無言のまま、ソファの上で時間を過ごした。
どこかおかしいことに気づくのは、二十分も後のことだった。
100125