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血を流す魂


――……わたしの血を吸いたくはないの?
 彼女が呟いた。

 はじめは近況の報告や日常であった些細な出来事を話し合っていた。次第に伝えたい事柄が減っていき、とうとう話題が尽きて言葉の応酬が途切れ途切れになっていく、そんな時だった。

 彼女がいる場所は、とある国の療養所。主に治るのが難しいとされる病の人々が集まった、終末の場所。そこで過ごす人々は、もしかしたら起きるかもしれない奇跡、あるいは来たりうる迎えを待っている。
 彼女は月が満ちる夜、療養所の個室、自身の部屋の窓をぼんやりと眺めていたときに彼と出会った。
 臙脂色の翼をはためかせて月の下を飛ぶ彼に見惚れていたところ、彼もまた彼女を見つけた。彼は彼女の元へ降り立ち、声をかけた。
 それが始まりだった。やがて彼はたびたび療養所を訪れ、個室の窓越しに会話をした。

 彼女は一目見て、彼を人ならざるものと判断した。紅い翼は背中から直に生えている(彼に頼んで見せてもらった、服越しだけど)。更に、彼は窓を隔てて会話をするだけで、彼女が窓を開けても決して彼女の部屋に入ろうとはしない。決定的な証拠として、形の整った唇から時折、人よりも長い牙が見えたことが挙げられる。
 彼女はこれまでの知識をフル活用して、どうやら彼は吸血鬼と呼ばれる存在らしいと推理した。
 でも、と彼女は思う。その疑問は、彼と会い、話をするなかで浮かんだ疑問だった。

 吸血鬼ならなぜ、『吸血』をしないのだろう。

 彼はどうも、食事はするが血は吸わないらしいのだ。糧にするのは人間が摂る一般的な動物の肉、魚の肉、タンパク質が含まれた牛乳に野菜らしい。
 彼の仕事仲間が振る舞う料理の素晴らしさを、彼は目を輝かせて語ることが多かった。もっともその仕事仲間は、動物の肉は苦手らしかったが。

 そして話は冒頭に遡る。それはいつもの、窓を隔てた彼と彼女の会話の時間だった。
 ――……わたし、もうすぐ死ぬよ。こんな風にお話するだけで、いいの? こっちに来て、って言ってほしいってお願いしないの? わたしの血を吸わないと、あなたのためにならないんじゃないの?

 彼女の呟きは、こんなふうに続いた。発した言葉は、次第に語気が強くなっていった。まるで閉じ込めていた感情が溢れ出すようだった。彼女は一通りしゃべると、すぐに俯いてしまった。
 ……恥ずかしい。こんな風に子どもみたいにわめいて、彼はわたしを嫌いになっただろうか。顔を上げるのが怖い。彼に顔を合わせられない。

 彼は彼女の言葉の発露を黙って聞いて、答えた。

「血とはいかないが、血と同等の価値のあるものならすでに頂いている」
 ――……え? 
「それは、時間だ」
 彼女は顔を上げた。
 彼は空中で体育座りをし(彼女の部屋は二階にあり、彼は常に文字通り浮きながら話をしていた)指を組んで言葉を紡いだ。
「人に流れる時間は、魂と言い換えていいと思う。我々にとって魂は血と同等だ。なら、人が過ごす時間を血と同じモノだととらえてもいいのではないか」
 ――血をもらう代わりに、人の時間をもらっているからいいってこと?
「そんなところだ。私は、人が絶えず血を流して動かす魂が作るモノに価値があると思う。たとえ魂が作るモノが、目に見えるモノでなくても構わない」
 そういうと彼は体育座りを解き、彼女に向き合って立つ(姿勢になった)と言った。
「形あるものを作らずとも、一人一人が紡ぐ時間はどれも愛おしいと思う」
 ――……そっか。なら、わたしといて退屈じゃないって思ってもいいの?
「そうなるな」
 ――ん、わかった。でも、伝えておくね。
 ……わたしが死ぬときは、わたしの血を全部あげてもいいよ。
「……考えておく」
 それを聞いて、彼女は笑った。

 それから数日後、彼女はこの世を去った。

 彼女の墓前で花を捧げて、彼は思う。
 彼は吸血鬼だ。彼女の貴重な時間を奪ったという意味では、種族の名に恥じない行為をしたとも言えるだろう。
 それなら彼女もまた、彼の時間を奪ったと言えるのではないか。人もまた、吸血鬼の時間を頂く吸血鬼なのではないか――などと、くだらないことを考えてしまった。
 今となってはいない彼女――同胞とも呼べるかもしれない彼女に想いを馳せる。
「私の時間を美味しいと感じていただけたなら、救われる」
 そう呟いて、彼は帰路についた。

(完)



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