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※謙かす前提、佐かす/佐助がヤンデレ/血描写・死ネタ



どんなに恋い焦がれても
お前は振り向きはしない

それが
解っていても

この胸に渦巻く感情を
止めることなど出来ない

お前が欲しい
お前を奪いたい
その腕も脚も唇も何もかも……

ただ、この胸に湧き上がるのは
お前が欲しいという感情


そう、
渇望のみ



◆◆◆


「ぅ……くっ」

 ばしゃりと、手にした武器が水の中へと落ちた。
 続いてその身体自身も川の中へと倒れ込んでしまう。

「……何、もう終わり?お前の覚悟はこんなものなんだな、かすが」

 かすがと呼ばれた忍の女は、身体をどうにか動かそうとする。
 しかし、それは叶わず、ただ身体から力がどんどん抜けていくことだけを感じていた。

「さ…る飛……さ、助…」

 ヒュウ、と空気が漏れる音と一緒に、かすがは目の前の者の名前を途切れ途切れに呟いた。
 猿飛佐助と呼ばれた同じく忍の男は、そんなかすがの様子をただ静かに見下ろす。いつものふざけた様子など、ひとつも感じさせない。
 そこにいるのは主の為に働く、本物の忍の姿だけ。

「……申…し訳あり…ま、せん…謙…信様……」

 かすがは己の主の名前を言い、謝罪を述べた。このまま、殺されるのは明白だったからだ。
 この時代…敗者には死しかない。しかも忍という職業上、それは免れないことであった。

「……謙、信様………」

 かすがの瞳に涙が溢れる。それは、主に使える忍…ではなく、ひとりの女、愛する者へのものだった。

「……やっぱり、謙信か」

 ふと、佐助が呟いた。

「…え?」

 その言葉にかすがは佐助の方を見た。

「…どんなにお前を俺が愛していても、お前は謙信なんだよな」
「さ…すけ?」

「分かってるんだ。どんなに恋い焦がれても、お前は振り向きはしないって」

 淡々と佐助は言っていく。

「……それでも、この気持ちを止めることなんて出来ないんだ」

 そこには、いつものふざけた感じでもなく、忍でもない佐助がいた。
 かすがはゾッと、背筋が凍るような感覚に陥った。

 ――憎愛。

 佐助の瞳にそれを見つけてしまったからだ。
 佐助を取り巻く黒い感情。その対象は己自身……。

「さ――…」

 かすがはもう一度呼びかけようとしたが、それは叶わなかった。佐助は瞬時にかすがの唇を奪っていた。

「ん、ふっ…!」

 すべてを奪ってしまうような接吻。息ですら奪われた。歯列を割られ、舌を絡め取られ、吸われ…。
 感情のままに、求めるままに、佐助はかすがに接吻をする。
 そのまま窒息死しそうになった。かすがは力の入らない身体を、辛うじて動かし抵抗しようと試みた。
 しかし、それは微々たるものでしかなく、佐助を止めることなど出来ない。
 その接吻は、いつも嗅いでいるようなツンとした匂いと鉄の味がした。
 嫌なのに、抵抗出来ない。

「……かすが」

 佐助はかすがの名前を呼び、角度を変えてまた深い接吻を施す。

「かすが…かすが……」

 愛しくて愛しくて愛しくて愛しくて……狂おしいほど愛し、渇望している。
 佐助はこの気持ちを止めることなど出来なかった。
 同じ里で生まれ、修行し、いつも一緒にいた。
 ――愛してやまなかった。
 しかし、かすがが好きになった相手は佐助ではなく、上杉謙信であった。
 上杉謙信と佐助の仕える武田軍の主とは宿敵関係。無論、かすがと佐助も敵となった。
 だから、佐助はかすがへの思いを断ち切ろうとした。
 しかし、気持ちなんて抑えることは出来ず……日に日に気持ちは大きくなり、結果、憎愛となっていった。

「やめっ…!!」

 止まる様子のない佐助に、かすがは訴えかける。

「や…めろっ!!」

 しかし、佐助は止まらない。どんどんレスカレートしてゆく。

「や…っ!!」
「……何で、謙信公なんだ。何で俺様じゃないの?」
「俺は…かすがのことを愛してる。愛おしくて堪らない。俺様は……お前がいれば何もいらないんだ…」

 そう言いながら、縋るように佐助はかすがへの接吻を繰り返す。
 ただ、渇望していた。自分のものにならないことは分かっていても……。

「わ…私は、お、前の…ものなん、かには、なら…ない…っ!!」

 接吻の間、途切れ途切れにかすがは叫んだ。拒絶反応。

「……知ってる」

 佐助はそう呟いた。分かっている上で、かすがを望んでいるのだから。
 どんなに望んでもかすがは自分のものにはならない。かすがの心の中には、すでに謙信がいる。
 それが分かっていても――…。

「それでも、俺様は――」

 佐助はかすがから唇を離し、悲しそうに笑った。

「……さ」
「だからね、かすが」

 今にも泣いてしまいそうな…そんな顔。
 小さく、佐助の唇が動いた。それと同時に背中に鈍い感触。

――自分のものにならないのなら
――いっそ

「あ……っ!!」

 佐助の手に流れ落ちる紅。

「……」
「さっ、す…」

 ヒュウ、と息が漏れる音。
 出そうとした声は声にならなかった。佐助が手にした刃が、背中からかすがの肺を貫通させていた。

――こうすれば
――お前は俺様を見てくれるだろう?

 佐助の顔は、達成感に満ちた表情に覆われていた。
 口から血を流しながら、かすがは佐助の服を握り締め、佐助を見る。その瞳は、悲哀に満ちていた。
 こうすることでしか、かすがを手に入れられない佐助に向けられた表情だったのか。
 しかし、その表情すら一瞬でしかなく。

「……ま」

 そう、かすがは最期に小さく呟いて事切れた。ずるりと握り締めていた佐助の服を手放し落ちる。
 佐助はかすがを腕に抱き留めたまま、呟いた。

「……最期の最期まで、謙心公か」

 その瞳は暗い闇に覆われたままであった。
 佐助はかすがを抱き上げ立ち上がると、どこかへと歩き出した。



渇望して、愛して。
その結果がこの様。

最期に見てくれた…そう思ったのに、やっぱり見ていなくて。

お前の心にはただ一人。
俺様は映ってはいない。
だからこそ、憎愛した。

美しき一匹の金のカナリア。
今は冷たくなって、己の腕の中。



「……愛してる」

 冷たくなった唇にもう一度、最期の接吻をした。




この気持ちは罪なのか。





(08/08/24)


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