「名前、今度の土曜なんですけど……」
「あー…赤葦くん、悪いんだけど」
「用事ですか?」
「いや、最近ちょっと金欠で」

思えば、赤葦くんの誘いを断るのは初めてかもしれない。どれだけ暇人なんだと思うけれど、彼と会う約束をするのはちょうどサークルもない週末ばかりだった。
普段はお金が足りなくなることなんて滅多に無い。だが、後期の授業が始まって予想以上に教科書代が嵩んだのだ。事情を話せば赤葦くんも納得してくれた。

「だから、しばらくは三食自炊生活かなって」
「料理できるんですか」
「美味しいものが好きだからね、人並みにはできるよ」
「なら、宅飲みしませんか」

赤葦くんからの予想外の提案に驚いたけれど、確かに外で飲むよりだいぶ安く上がる。ぐらりと傾いたが最後、あれよあれよと言う間に約束が決まってしまった。赤葦くんがお酒を用意して、私がつまみを用意する。
前から思っていたが、赤葦くんは段取り上手だ。女子だけだと、なぜか変な読み合いが発生するから苦手だ。皆が遠慮して、お互いに探り合いをしながら決めるのでとても時間がかかる。皆が皆に嫌われたくないのだ。

当日、赤葦くんは安いながらも適度な酸味がおいしい赤ワインと、癖のないウォッカ、いくつかの果汁100%ジュースを持ってきてくれた。本人いわく、「料理聞くの忘れてたんで大体合うもの持ってきた」らしい。私も何のお酒か分からなかったから無難に用意したが、的外れにならなくてよかった。

「次からはちゃんと打合せしましょうね」
「これはこれで、お互いサプライズって感じで楽しいけどね」
「……そういうとこ、……とりあえず食べましょうか」

私は料理を作ったけれども、赤葦くんは飲みながらも手際よくお酒を作ってくれた。ワインは甘酸っぱくて爽やかで美味しかったけれど、私は赤葦くんが即席で作ってくれるカクテルが非常に気に入ってしまった。

「そうは言っても混ぜるだけですけどね」
「だって赤葦くん、私の好みの配分、もう覚えたでしょう」

何杯目かわからないスクリュードライバーを受け取りながら、もしかしたら料理だって赤葦くんの方が出来るのではないかと思えてならない。赤葦くんは四杯目から、私の好みの配分で作ってくれている。それも目分量で、だ。
私はいちいちこっちが好きとかこれはイマイチとか言っていない。彼は気を遣うのが本当に上手だと思う。その気配りは天性のものなのか、はたまたどこかで鍛えられたのか。

「自分で好きなようにできるっていうのが、宅飲みの良いところですから」
「あ、それって自炊も一緒。大学周りって、質より量な店も多いし」

それからしばらく、大学周辺のお店情報について話した。あそこのラーメン屋はカレーがおいしいとか、どこそこの日替り定食の当たりメニューは何だとか。そうした情報は、友達同士での会話にも役立つので重宝している。味覚が似ているから信頼できるというのもいい。
そんな話から話題は二転三転し、いつの間にか日付を越えていた。当然のようにお酒が絶え間なく入っていたので、二人とも相当出来上がっていた。

「あーもう家帰るのだるいです」
「私も片付けめんどう」
「あの、泊まってっていいですか。何もしないんで」
「んー……ていうか前も何もしなかったからそーいう心配はしてない」
「……あれはすみませんでした」
「別にいーよ。私も初対面でやらかしちゃったし。ていうかねむい」
「警戒されないのも男としては……」

赤葦くんが何やら話しているけれど急に音がフェードアウトしていった。平衡感覚が揺らぐ。床にぶつかったら痛いだろうなと思いつつも体は自由にならなかった。
しかし、その前に床よりも温かくて柔らかいものにぶつかる。その温かさに安心して、そのまま意識を手放した。




「名前?」

唐突に体が傾いた彼女を慌てて抱き止めた。確かに直前に「ねむい」とは言っていたが、すでに熟睡である。いくらなんでも早すぎるだろう。しかし出会ったときの彼女も、話している途中で急に黙ったかと思うと、糸が切れたように眠り始めた。酔うと眠くなる質らしい。
酔っているからか、その体はポカポカと温かい。しかし秋も終わりに近づく今日この頃、このままにしていては風邪を引くだろう。体勢を直して彼女を抱き上げる。安らかな寝顔はかわいいけれども、少しだけ憎い。こんな無防備な姿を、誰か他の人にも見られているかもしれないと思うだけで、黒々とした何かが胸の奥でとぐろを巻く。
ベッドに下ろすと、女性とは思えない力で腕を引っ張られた。これも覚えがある。初めてされたときは誘われているのかと思った。少し、その気になった。でも彼女は俺を抱き枕にして寝続けたのだ。
今はもうやましい気持ちなんて起きない。……いや、やっぱり少しは考えてしまう。だって普段は全く甘えないような彼女が、そんな風にくっついてくるのだ。けれど無理矢理にしようとは思わない。意識があってこその彼女だから、俺は好きになったんだ。

「おやすみ、名前」

顔にかかる髪を避けてやれば、彼女は満足そうに微笑んだ。


2014/10/28