「俺と付き合いませんか?」

何度目かの食事のとき、そう言われた。私は驚きながらも、なんとなくこうなるだろうなという予感もあった。それなのにいざそう言われてみるとどう答えたらいいのか分からず曖昧に返事をした。
私は私の気持ちが分からない。

その日は彼のお気に入りだという居酒屋で、運が良いのか悪いのか、隣同士で座る狭い個室に通された。九州居酒屋と銘打っているところで、二人前が300円を切る名物のモツ鍋と九州の地酒で乾杯をした。
モツ鍋は安いのに臭みがなくて、多少モツが少ないかなとも思ったがキャベツとニラでボリュームは満点だ。芋焼酎は風味が濃厚で、パンチの効いたモツ鍋とよく合った。

「なんか食べ物全部が辛くてお酒が捗る」
「あ、辛いの苦手でした?」
「得意ではないかな。美味しいけど、お酒の味が分からなくなるのは、ね」
「なるほど」

次から気を付けます、と言う赤葦さんを横目でちらりと盗み見る。グラスを煽る姿が男らしい。大きく上下する喉仏をみて、何だかいけないことをしている気分になった。私も彼にならって勢いよくお酒を飲む。

「モツにニラに焼酎で、絶対明日まで息臭くなっちゃう」
「……誰かと会う予定でもあるんですか」
「別に無いからいいんですけどね」

思えばこの時から前兆はあったのだ。それなのに私はそんなの気にせずに、目の前のお酒と料理を楽しむことに専念していた。

「ていうか、俺と結構飲んでますけど名字さん彼氏とかいるんですか」
「そんなのいたら君と飲んでないよ」
「ですよね」
「あ、今馬鹿にしたでしょう、ちょっと笑ってた」
「そんなことないです」
「別に、こんなお淑やかさの欠片もない大酒飲みに、彼氏ができるなんて思ってないし」

でもお酒は止められないから仕方ないよねー、と笑い飛ばしたのに、赤葦さんは一緒に笑ってはくれなかった。あれ、と思って隣を見れば真剣な顔をした赤葦さんと目が合って少し気まずくなる。なんなの、せっかくのお酒なのに、なんでそんな顔をするの。
名字さんが良ければ、と前置きをした赤葦さんの声に耳を塞ぎたくなるのに、期待をしている。

「俺と付き合いませんか?」

真っ直ぐに言われて目をそらしてしまう。ちょうど目についたグラスの中身を一気に飲んだ。少しクラクラするのはお酒のせいか、それとも。

「自分で言うのも難ですが、俺のこと嫌いじゃないでしょう」
「ん……まあ、それはね」
「俺は大酒飲みだからって気にしません。むしろこれからも一緒に飲みたいんです」
「それは嬉しいけど……」

名字さん、と呼ばれて顎に手をかけられたかと思うと、一瞬のうちにキスをされてしまった。突然だったし短いキスだったので、呆然として反応を忘れる。

「俺なら同じものを食べているから、臭いなんて気にしなくても良いんですよ」

ね?と首を傾げられて、私は反論ができなかった。そう、これが私と彼との始まりだった。


2014/09/07