初心#2 


部活がオフの月曜日には、一緒に帰ろうと約束している。それはいい。
だが、月曜日以外がオフになった場合はどうなのだろう。


「ねえねえねえ、一緒に帰ろうって誘ってもいいのかなあ」

「さっきからうるせえな。別にいーんじゃねえの、付き合ってるんだろ?」

「そう、名字さんと付き合ってるんだよね!えへへ、岩ちゃんなんかごめんね」

「どうしようもなくうざいな」

「付き合ってるけど、もし名字さんに用事があったら悪いしな〜」

「じゃあ誘うなよ」

「もう!だって貴重なオフなんだよ?彼女と過ごしたいって思うのは当たり前じゃん?」


あ、岩ちゃんには彼女がいないから分かんないか〜!まで言ったら殴られた。ひどい。でも岩ちゃんは優しいから俺のこんな話も聞いてくれる。初めのうちは爆笑されたり逆に心配されたりしていたけれど、最近は「お前らしくもない」って言葉を使わなくなった。名字さんを好きになることで良い方向に変われたのだと思う。
前は誰かと付き合っていてもバレなきゃいい、なんて気持ちでフラフラすることも多かった。けれど、違うのだ。バレるバレないの問題ではない。自分でも不思議なほど、名字さん以外に魅力を感じないのだ。
決して恋愛に対して誠実になったわけではない。その証拠に、俺に告白してくる女の子を見て、頑張ってるなあ、と他人事のように思っている。その子に対して申し訳ないという感情すら持てないのだ。早く終わらないかなあ、と思うときだってあるから、自分が酷い人間だってことは自覚済みだ。


「俺が誠実になれるのは名字さんの前だけでだなあ」

「誠実とか、お前だけは使っちゃいけないと思うぞ」

「だーかーら、名字さんの前だけだって!」


なおも胡散臭そうにこちらを見てきたけれど、結局岩ちゃんはそのまま口を閉じた。否定をしない、ということは、岩ちゃんも少なからずそう思っているということだ。ほんと、俺の性じゃないよねえ。


「うん。やっぱり、誘ってくる」

「断られても戻ってくんなよ」

「岩ちゃんの意地悪!」


でも、もし本当に俺が落ち込んで帰ってきたら無視できないんだろうなあ。優しいなあ岩ちゃん。
そんなことを考えながら名字さんのいるクラスへ足を運ぶ。別のクラスへ行くと毎度のことだけど、女の子達が俺を取り囲んでくる。それを「ごめんねー」って軽くいなせば、その子達は一気に不機嫌そうな顔になるから不思議だ。だって俺、君達に会いに来た訳じゃないんだもん。不細工になるから不機嫌な顔は止めた方がいいのに、とは思っても口に出さない。今は名字さん以外はわりと心底どうでもいい。
窓際にいる名字さんを見つけて、少しだけ体が固くなる。いつになれば慣れるのだろうか。


「名字、さん」

「え、お、及川くん?」


俺が声をかけると、名字さんの隣にいた友達っぽい子は「あたしトイレ行ってくるねー」と席を外してくれた。気の利く子は嫌いじゃない、さすが名字さんのお友達だ。


「どうしたの、及川くんが来るなんて、珍しいね」

「うん。実は、今日部活が休みになったんだ。だから……えっと、だから、その……」


言え、言え!一緒に帰ろう、というほんの一言を発するのに、こんなに躊躇するとは思わなかった。でももし否定されたら、と思うといつもの饒舌さが嘘のように口がうまく動かなくなる。そういえば名字さんの前ではいつもどもっている気がする。


「あの……出来たら今日、一緒に帰りたいなー、なんて、思ったり……あ、名字さんが用事あるとかだったら全然いいんだけどね!」

「ううん。一緒に、帰ろう」


目を伏せて少し頬を赤らめる名字さんは、それはもう可愛かった。なんとも言えない気持ちが込み上げてきて、「じゃあ放課後迎えに来るね」とだけ残して帰る。やっぱり声をかけてくる女の子達には適当に手を振っておいて、早足で岩ちゃんのところへ舞い戻る。


「岩ちゃん!誘えた、誘えたよ!もうめちゃくちゃ可愛かったあ」

「結局来るのかよ……」


呆れた顔をした岩ちゃんに、いかに名字さんが可愛かったかということを予鈴が鳴るまで語り尽くしたのは言うまでもない。
ああ、放課後が楽しみだなあ!


2014/08/23