「手、止まってますよ」 


京治くんが突然私のアパートを訪ねて来たのは、夜の12時も過ぎた頃だった。高校の先輩と飲み会だったとかで、彼はそれなりに酔っていた。キスをして、お喋りをして、またキスをして。好き合う男女がいたすようなことを京治くんがそっと合図してくれたから、私も黙って身を委ねようとした。

「名前さん。提案が、あるんですけど」

ベッドに身を沈めて、いつもならそのまま愛の言葉を囁いてくれる彼が、いつもと違う言葉を発した。いつもよりたどたどしい言葉とアルコールの匂いに、私まで酔ったような気分になる。

「なあに、京治くん」
「今日は、お互いにやりませんか?」
「えっ……」

おたがい。お互いに、とは、どういう意味だろうと聞こうとした瞬間に理解した。京治くんの手が、私の手を、京治くんの大事なところに誘導したからだ。

「恥ずかしいよ、京治くん……」
「名前さんの方が、年上なんですから。たまのワガママくらい聞いてください」
「京治くん酔ってるでしょう」
「初めから分かってたことでしょう」

手に力を入れて抵抗するが、京治くんは逆に私の手を押し付けようとする。
実は、そういうところは初めて触るのだ。私は京治くんが初めての人で、その京治くんはこれまで私が触らなくてもスマートに全てを導いてくれた。裏を返せば、私は京治くんに何もしてあげてないということだ。愛を確かめ合う行為だというのに、私の方が享受するだけというのは、確かにいけない。

「じゃあ、やり方、教えて?」
「……ずるいです、そういうの。かわいすぎて我慢できなくなる」

それからは京治くんの言う通りに手を動かした。恥ずかしくて死にそうだったけど、京治くんはやっぱり優しく私を指導してくれた。

「そう、そこから手を入れて」「大丈夫ですから」「もう少し先の方」「ちょっと強いです」「あ……」「いや、違います、大丈夫です」「……今の、ちょっと良かったんですよ」

京治くんの言葉は、全部全部甘い毒のように私に染み込んで蝕んでいく。最初はおっかなびっくり触っていたけれど、慣れるにつれて、私の体まで火照ってきた。あ、動いた。そう思うだけで顔と下半身に熱がこもる。
京治くんはなかなか顔に出さないけど、時折、ほんの一瞬だけ悩ましげに目を細める。それがまたセクシーで、色々なところが切なくなる。初めてのときは怖くて怖くて仕方なかったのに、随分と慣らされてしまったものだ。

「あ」
「あ、痛かった?」
「いえ、名前さんにばかり、してもらってまし
た」

俺も、と言って京治くんが手を伸ばしてきたので、少しびっくりして腰が逃げる。京治くんはお構い無しに触ってきて、ずっと待ち望んでいただけに、快感に夢中になる。

「手、止まってますよ」

そんなことを言いながら、京治くんは容赦なく気持ちいいところを責め立てる。私はもううまく力が入らなくて、ゆるく握るだけで精一杯だ。もう少し、というところで京治くんは手を止めた。一気に物足りなくなる。

「やっぱり、一緒にするのは、難しいですね」
「ごめんね、でも、」
「分かってますよ。続き、しましょう」

その後のことはもう、夢と現実の中間のような心地だった。頭はボーッとするけれど、体はしっかり覚えていて、そのアンバランスさがまた癖になりそうなのは秘密だ。
こんなときくらいしか呼び捨てにしてくれない京治くんに、普段の態度からは考えられないような情熱を思い知らされる。でもそれがまた、夢のような感覚に拍車をかけているわけで。

シングルベッドで隣同士に寝るのは狭いけど、それでもなお離れがたしと手を繋ぐ。情事の後は、こうしてお喋りするのが暗黙の了解となっていた。いくぶんか酔いの覚めた京治くんに、どうして普段は呼び捨てにしてくれないのか聞いてみる。京治くんは、少し渋るように言葉を溜めた。

「……だって、照れるでしょう」
「敬語なのも、照れてるの?」
「これは、なんとなく、癖です。名前さんの方が年上だし」
「そっかあ」

じゃあいつか呼び捨てにしてねって言ったら、善処します、と返ってきた。そこまで行き着くのはまだまだ先になりそうだけど、京治くんと手を繋いで走ればきっとあっという間だろう。
それまで放さないぞ、と手を強く握ったら、京治くんも握り返してくれた。京治くんは意識してないことかもだけど、私には明るい未来が見えた気がした。


2014/08/20
「あなたとおはなし」様に提出