恋の天秤 


孤爪くんは、なんだかいつもぼーっとしてる。
そこがかわいいところでもある、なんて、モノは言いようだ。私はそのぼーっとしているところがけっこう好きだ。ぼーっとしてるから、私がたまに見ていることも気付かないだろう。
昼休み、わいわいと賑やかな教室に、カチカチ、というゲーム機の小さな音が聞こえるとドキッとする。孤爪くんがそこにいると意識してしまうから。

私は孤爪くんのことが、少し気になっている。好きだとはっきり言えるような出来事もなく、本当になんとなく気になっている。
でも、私の気持ちはたぶん誰にも気づかれていない。同じクラスだけど、私と孤爪くんは接点が全くないからだ。……自分で言っててちょっと悲しい。

このふんわりした感情は、時と共に薄れて淡い思い出ってものに変わっていくのだろうな、と思っていた。
それなのに。


「ハァイ、彼女」


そんな安っぽいナンパ文句で声をかけられるなんて夢にも思っていなかった。しかも学校で、だ。
やたら大きくて黒髪をツンツンに跳ねさせたその人は、「ちょーっと、お時間良いですか」なんて作ったような丁寧さで私を人気のない教室まで連れ出した。


「初めまして。俺、孤爪研磨の幼馴染みなんだけど」


正直カツアゲまである、と思っていたので孤爪くんの名前が出てきたことにホッとした。と同時に疑問が浮かぶ。孤爪くんの幼馴染みさんに呼び出されるような何かをしたこともなければ、失礼なことをしてしまったかも、というほどの関係もない。
首を傾げれば目の前の人は一層笑みを深めた。


「研磨がな、珍しく人に興味を持ってるんだ」

「はい?」

「あいつ、あんな性格だから。他人からの目には敏感なんだ。で、視線から逃げようとする」


いや、私にそんなこと言われましても。という気持ちで彼の話を聞いていたら、突然爆弾は落とされた。


「だから、研磨、たぶんあんたのことが気になってるんだ」

「ああ、はい……え?」


どうしてそうなった。過程から結論がぶっ飛びすぎてて、もしかしたら私は彼の話をきちんと聞いていなかったのではないかと思えた。いや、ちゃんと聞いてましたけどね?
にっこりと、満足そうな笑顔を浮かべた彼は、それきり口を閉じた。私はといえば、突然のことになんと返したらいいのか分からなかった。
一瞬の静寂ののちに、私の後ろから「クロ、」と呼び掛ける声が聞こえた。この、声は。


「何してるの」

「別に、心配するようなことは何もしてねえよ」


開きっぱなしだった教室の入り口には、話題に挙がっていた孤爪くんが立っていた。いやまあ、声で誰なのか分かりましたけど。
不機嫌そうな孤爪くんと、愉快そうな幼馴染みさんの間で一瞬視線が交わったあと、すぐに孤爪くんはため息をついた。


「名字さん、行こう」

「あ、うん」


幼馴染みさんに一礼してから、先を歩く孤爪くんに着いていく。ていうか、私の名前知ってたのか。ちょっとだけ嬉しくなる。
少し歩いたところで、孤爪くんが立ち止まった。


「あの……なんか、ごめん。クロ、変なことしなかった?」

「うん?あ、いや、本当に何もなかったですよ?」

「なら、良いんだけど……」


孤爪くんと、初めてお話ししてる!それだけで幼馴染みさんには感謝だ。
孤爪くんは少しきょどきょどしてて、チラチラとこちらを伺ってくる。それが、なんだか小動物みたいでかわいい。


「クロが色々、俺について言ったかもしれないけど……でも、迷惑じゃない、から」

「え?」

「人に見られるのは好きじゃない、けど、名字さんは別で……ええと、そもそも嫌だったら俺すぐに逃げるし……」


孤爪くんはその後ももにゃもにゃと言い訳っぽく色々言ってたけど、つまりそれって。


「孤爪くん、私が見てたの気付いてたの…?」

「え、うん」

「それで、これからも、見てて良いってこと?」

「……うん。名字さんなら」


う、わ。顔あつい。
本人にバレてたっていうのも恥ずかしいけど、これからも見てて良いって言われたことに、すごく、照れる。
「それじゃあ」なんて早足で立ち去った孤爪くんの顔も赤かったから、もしかして脈あり?とか、思ってしまうのも仕方のないことだろう。


それから、私と孤爪くんはまたただのクラスメイトに戻った。私は前より孤爪くんを見るようになって、たまに、彼と目が合うようになった。
それだけのことなのに、他のクラスメイトには分からない二人だけの秘密みたいで、胸がドキドキする。なんとなく気になってる、だったのが、好きの方に傾いてしまったようだ。

今度は、話し掛けてもいいか、聞いてみよう。



(クロ、勝手なことしないでよ)(いやいや、俺が動かなかったらお互い気にしてんのにフラグすら自然消滅ですよ?)(………)(いや否定しろよ)(……でも、もう彼女に話し掛けないでよね)

2014/08/06