初心 顔が良くてスポーツができる。それだけで女の子達は俺をちやほやしてくれた。ちやほやされたら気分も良くなるし、その分またモテた。だから、これまで彼女がいなかった時期なんてあんまりない。……とか言ってると、岩ちゃんに殴られるから思うだけで口には出さない。 そんなわけで俺は恋愛経験に関して恐らく同年代の中では飛び抜けて多い方だという自覚と自負があった。 それなのに、どうしたことだろうか。 今まさに一緒に下校している彼女とは、付き合って2週間ほど経つが指一本触れていない。本当に、指一本も。 こんなことを言うと語弊があるかもしれないが、どうして彼女を好きになったのか自分でも分からない。でも何故だか好きになってて、奥手な彼女を振り向かせようと必死になっていた。 今思うと笑っちゃうくらいいっぱいいっぱいだったし、実際にバレー部の仲間たちには「似合わねー!」と爆笑された。それでも気にならないくらいには真剣だった。 過去のことは笑えるけど、今だってもう色々と必死だ。なんせこれまでは付き合ってても付き合ってなくても、手を繋ぐくらい自然にクリアしていた。もはやクリアという実感すらないほどに。キスだってその先だって、躊躇ったことがなかった。 だけど今の俺はまるで手の繋ぎ方を忘れてしまったようで、腕から先は不自然に重い。むしろ彼女側の身体半分が固まってしまっているかのようだ。それでいて、そちら側に全ての神経が集まっているのではないかというほど敏感になっている。むず痒い違和感は居心地が悪いのに、嬉しく思う自分がいるから厄介だ。 初めて、他人を大事にするということが、分かった気がする。 「あのね、」 あまり自分から話しかけてこない彼女が口を開くと、いつもどぎまぎしてしまう。緊張を悟られないように、短い言葉だけで返事をする。なあに。ああ、やっぱり少し声が硬い。 「失礼な質問かも知れないんだけど……及川くんと、私って、どういう関係なのかな」 「えっ」 それって、どういうこと。失礼ってどういう意味? もしかして名字さんは、俺とは付き合ってるつもりがなかったってこと?俺ちゃんと告白して返事もらった……よね。あれ、もしかしてそう思ってたの俺だけ? 思わず立ち止まったら、彼女も俺に合わせて足を止めてくれる。そんなところも好きだ、と焦る思考の片隅で考える。 「俺、は、名字さんと彼氏彼女になったと、思ってたんだけど……俺の勘違いだった?」 「あ、その、ごめんなさい……」 「えっ嘘まじで俺の勘違い?」 「違うの、あの、もしかしたら私の勘違いかと思って」 彼女が言うには、プレイボーイなはずの俺が全くそれらしい振る舞いをしないから、付き合ってるというのは自分の勘違いなのではないかと思ったらしい。 「だって、及川くんの噂はいつも聞いてたから。それに……私が慣れてないだけで、告白してくれたのだって、もしかしたらお世辞だったのかも、とか……」 「そんな!俺、初告白だったのに!」 ていうかそんな噂を彼女にだけは聞かれたくなかった!これまでの自分の行動を思い出し、一体彼女の耳にはどこまで届いてしまっているのだろうかと冷や汗が出てきた。 ああ、こんなことならもっと品行方正にしてくるのだった。自分がとても汚れているように感じる、というか、実際汚れているんだろうと思う。 「……うれしい」 「え?」 「告白。及川くんの初めてを貰えるなんて、貴重だね」 はにかむ彼女はどうしようもなくかわいくて、清らかで、俺まで中和されて綺麗になっていくようだ。俺はこれまで、きっと、女の子達に酷いことをたくさんしてきたんだと思う。それらを償うことはできないけれど、これから先は酷いことをしないだろうと確信できる。 「手を、繋いでもいい?」 俺はこれから、彼女と一緒に初めてを積み重ねていきたい。 2014/08/03 |