初心#4 


最近彼女に避けられている。気のせいならいいのに、と思うくらい明白に。だって俺を見るとすぐに回れ右するんだ。だからここ数日、挨拶すら交わしていない。理由ははっきりしているけど、どう対処すればいいのかわからない。
遡ること一週間、週に一度の一緒に帰る日のこと。簡単に言えば名字さんは階段を踏み外して、俺が受け止めた。その時、事故でキスをしてしまったのだ。一瞬の出来事で俺はよく分からなかったけれど、名字さんはしっかりと認識していたようで、真っ赤になって必死に謝られた。その日は名字さんはいつも以上に無口だったし、隣と言えない程度に離れた位置をキープして歩いていた。その日から、俺たちは一言も話していない。

でも、もう一週間も経ったのだ。今日は一緒に帰る日だから、逃げられたらさすがにへこむ。もうかなりベコベコにへこんでるけど、今日避けられたら今度こそぐしゃりと踏み潰されたアルミ缶のようにぺしゃんこになってしまうだろう。だから念には念をと、珍しくメールなんて送ってみた。「放課後、教室まで行くから」って、あれ、今読み返すとなんか逆に怒ってるみたい?勘違いされないといいんだけど……

心配しながら名字さんを迎えにいけば、廊下に立って待っていてくれた。ただ立っているだけなのに、緊張していますという雰囲気が伝わってくる。


「ごめんね、待たせちゃった?」

「そんなことないよ。及川くんがすぐ来てくれるかなって思って、廊下に出てようと思ったの」

「そんな、気を遣わなくていいのに」

「ううん。早く来てくれたから、全然待ってないよ。及川くんこそ、急がなくても良かったのに」


見た目にも強張っていたのに、意外と普通に雑談ができた。良かった、あんまり気まずくない。けれど未だに視線は合わないままで、なんとなく違和感が残る。隣を歩く距離も微妙に遠い。そして階段では、しっかりと手すりを握っていた。その行動の全てが、先週の出来事を忘れられないという証明だ。さらに言うなら、それを俺に隠そうとしているのもバレバレだった。
ここはもう男らしく俺から謝って早く仲直りしたい。別に喧嘩はしてないけど。でもこういうのってどう言えばいいのかさっぱりだ。「キスしてごめん」なんて、付き合ってるのにおかしい気がする。男らしく、なんて思いながらも結局はぐるぐると考える。


「あのね、及川くん。先週は……ごめんね」


とかなんとかやっている内に彼女に先に謝られてしまった。いや、俺は別に気にしてないっていうか、むしろほんと一瞬過ぎて覚えてないのが悔しいっていうか。
彼女こそ、こんな形で俺とキスしてしまったことを後悔しているのではないか。そんな考えも浮かぶけれど、直接聞くことなんて出来ない。


「こっちこそごめんね。実は俺、あんまり分からなかったんだ。名字さんが危ない!って思って助けるのに必死で」

「そう、なんだ。やだ、私ばっかり意識しちゃって恥ずかしい……」

「そんなことないよ。だって俺たち……付き合って、るんだし」


大事な女の子との初めてのキスは、もっとちゃんとしたかった。けれども、


「俺は、避けられる方が辛い。名字さんがまだ……そういうこと、したくないなら我慢する。だから挨拶とか、一緒に帰ったりとか、これまでみたいに少しずつ進めたらいいね」

「うん。ごめんね、我慢させちゃって」

「あ、や、それは言葉のアヤっていうか!いや名字さんとしたくないってことじゃないんだけど!」


しどろもどろになるのを、名字さんはクスクスと笑っていた。からかわれたみたいでちょっと面白くないけど、ようやく壁がなくなったようで嬉しくなる。
分かれ道まで半分もないけれど、今から手を繋ぎたいと言ったらおかしいだろうか。彼女は、照れながらも手を出してくれる気がする。そんな風に思えるくらいには、俺たちはちゃんと進んでるんだ。


2015/01/14