run up the stairs! 


私の初恋は、斜め向かいのおうちの、3つ上の徹くん。徹くんはたまに意地悪もするけど優しくて、何より顔がとってもかっこよかった。好きになるのも無理はない。徹くんにちょっとうざがられながらも、私はよく後をついていった。
でも、いつも公園で遭遇する嫌な子がいた。それが一くんだ。一くんは、私が嫌がってるのによく虫を捕まえて見せてきた。私が徹くんの背中にしがみつくように隠れると、ブスッと不機嫌な顔になるのが怖かった。


「せっかく見せてやったのに!」


誰もそんなこと頼んでない、とは絶対に言えなかった。言って叩かれたらどうしよう、と思っていたから。徹くんは私と一くんのやり取りを見て、いつも笑ってた。徹くんがあんまり笑うものだから、私もつられて笑った。一くんは不機嫌なままだった。

小学校に上がるまで、そんな風に徹くんにぴったりだった私だけど、学年が上がるにつれて自然となくなった。それでも徹くんが小学校を卒業するときは、寂しくてわんわん泣いた。中学の制服を着た徹くんは急に大人になってしまったようで、遠く遠く感じられたのだ。
徹くんはそんな私を見て困ったように笑って、優しく頭を撫でてくれた。徹くんのことをまた好きになりそうだったのに、ちょうど一緒にいた一くんも、私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。甘い気分が台無しになった。文句を言おうとしたけれど、


「頼むから、そんなに泣くな」


泣きそうな顔で一くんがそう言ったから、言葉が出ていかなかった。いつも意地悪で、ちょっと野蛮で、とにかく泣いたことなんてなさそうな一くん。意外すぎて私の涙も引っ込んだ。徹くんは、やっぱり私たちのやり取りを見てケラケラと笑っていた。

中学校に上がってしまえば、もうほとんど顔を見ることなんてなくなってしまった。徹くんは中学校の部活に一生懸命らしくて、そのまま遠ざかってしまった。私が中学に上がれば徹くんは高校に。そのままなんとなく縁が切れてしまうと思っていた。
意外というか当然というか、生活しているところは変わらないので、ばったり会うこともあった。そんなとき、もちろん挨拶くらいはするけれど、話し込むなんてことは無かった。やっぱり遠くなってしまったのだと、漠然と感じる。


「あ……」

「あ?おう、久しぶり」

「こんにちは、岩泉先輩」


徹くんとは本当に稀にしか会わないけれど、一くんとはよく遭遇した。私はきちんと敬語が使えるようになって少しは大人に近づいたかな、と思っていたけれど、高校生の一くんを見ればやっぱり私よりもずっと大人びていた。いつまでも追い付けそうにない。
少し雑な感じがするけれど、小さい頃に比べたら一くんはあまり怖くなくなっていた。虫とか見せてこないし、コンビニで会った時にジュースおごってくれたし。


「お前あれ、この間見たぞ。男と歩いてるの」

「男?クラスの人とたまたま会ったときかな」

「彼氏じゃねーのか」

「えー、そんなのいませんよ!」


というか一くんてこんな話するんだ!と顔には出さずに驚く。そして話題のわりに一くんの表情は硬い。いや、私と話しているときの一くんはいつも仏頂面だった気がする。徹くんと話しているときは、笑ったり怒ったりしているのに。
なんとなく流れで一緒に帰る感じになったけれども、こんなに話すのは久々過ぎて何を話したらいいか分からない。というか、もしかして一くんと二人だけで挨拶以上の話をするのは初めてではないだろうか。だって私たちの間にはいつも徹くんがいた。徹くんはお喋りだから、私が何をせずとも無言になることはなかった。
話題を探すけれど共通点なんて見つからなくて、結局ありきたりで当たり障りのない質問になった。


「部活、忙しいんですか」

「まあな、一応強豪だし」

「徹くんも、いつも帰りが遅いって聞きました。徹くんは元気ですか?」

「うざいくらい元気だぞ」


こういうズバズバとした物言いが昔は怖かった。今は怖くないどころか、相変わらず仲が良いなあ、とクスリと笑ってしまうくらいだ。私が小さく笑うのを見て、一くんは眉間にシワを寄せた。


「お前、もしかしてまだ及川のこと好きなのか」

「やだ、いつの話してるんですか」

「でも、また及川に優しくされたら好きになるんじゃねーの」

「ちょっと、いくら先輩でもそれは酷いです」

「あー……すまん、悪かった」


一くんはこういうところでデリカシーというものが足りない。恋に恋する年頃で、確かに簡単に恋に落ちることもあるかもしれない。でも、まだそんな恋もしてないうちからそういう風に言われる筋合いはない。
中学生にもなったのに、そんなに子供っぽいのだろうか。そもそも歳だって三つしか違わない。けれど私より三つ年下の子のことを考えると、……確かに子供扱いされるのも分かる気がする。


「というか、岩泉先輩がこういう話するの、似合わないですね」


少し茶化すつもりでそう言ったのに、一くんは「まあな」とさらりと肯定した。絶対に照れ隠しで怒ると思ってたから調子が狂う。これが大人の余裕というものなのだろうか。


「そっちこそ、似合わない」

「え?制服ですか?」

「違う。そのしゃべり方。お前に敬語使われるとかむずむずして仕方ねーんだけど」

「だって先輩だし……」

「それも。クソ及川は名前呼びのままなのに、なんで俺だけ先輩なんだ」


あれ?これ、もしかして。


「妬いてる、の?」

「ああ、悪いかよ!俺はずっと、……ああもういい、帰る!」


そう吐き捨てるように言って、一くんはドスドスと早足に帰っていった。最後に見た一くんの真っ赤な顔が忘れられない。ちょっと信じがたいけれど、今思えば昔からの私への嫌がらせは、幼い一くんの愛情表現と取れなくもない。なんて、案外冷静に分析している自分がいる。そして何よりも嬉しかったのが、


「一くんも、そんなに大人じゃないんだ」



2014/12/11