ライトラブ 


付き合ってみる?うん、いいよ。

始めはそんな軽いノリだった。
私はちょうど、気になっていた先輩に彼女ができたという話を聞いて落ち込んでいたときだったと思う。何もアプローチ出来なかったくらいで、輪郭のはっきりしないぼんやりとした失恋だった。そう、例えば新しい靴で出掛けたのに雨が降ってしまった時のような、ほんの少しの憤りとやるせなさ。
そんなときに優しく声をかけられて、なんとなく告白されたから、つい受け入れてしまった。
あの軽さだから、彼ももしかしたらなんとなく彼女が欲しかっただけなのかもしれない。しっかり者のようで、意外と軽くて適当なところがある。そんな菅原は、ぼんやりした私にしっくりきた。


今日の夜、電話します。


手も繋いだことのない恋人同士だけど、唯一恋人らしいところと言えば、数日に一度電話をすることくらいだろう。部活で忙しい菅原は、電話できそうなときにわざわざメールをくれる。ちなみに私から連絡したことはない。菅原がそれについてどう思っているのかは知らないけれど、迷惑のかからない彼女だなーくらいに感じているかもしれない。
彼から電話が来る日は、いつもより少しだけ早くお風呂に入って、携帯のマナーモードが切れていることを確認する。予告してくれてるのに出ないのは、さすがに悪い。向こうは部活後の疲れたときに掛けてくれるわけだし。掛け直すのも面倒だし。

しばらくすると、お気に入りのメロディが流れた。着信を分けるようなことはしてないけど、菅原からだと思うと少しギクリとした。一呼吸おいて、電話に出る。


「もしもし」

「もしもし、菅原です」


お互いにこんばんはと挨拶をして、流れで雑談に入る。共通の話題であるクラスの話を中心に、お互いの最近の出来事などを話す。
こういうとき、菅原はあまり部活の話をしない。部活の仲間の話はよくするけれど、バレーボールに関わる話はほとんど出てこない。友人に「今度バレー部練習試合するんだってね」と言われて初めて知るくらい。何故だろう、と考えるほど、疑問はむくむくと膨らんでいく。
嫌だったら答えなくて良いんだけど、と前置きをする。


「どうして、部活の話はしないの?」

「え、してるでしょ」

「いや部活の人の話は聞くけども。後輩がテストヤバイとか、澤村くん怒るとちょーこわいとか」

「うん」

「でも、部活で練習大変だったとか、今度試合あるとか、話さないじゃん」

「うーん。だって、名字はバレーに興味ないだろ?」

「そうだけど」

「名字のつまんない話して、つまんない男だなって思われて、別れたくないもん」


びっくり。青天の霹靂、と言うほどではないにせよ、それに近い驚きがあった。付き合ってるんだから別れたくないのは当たり前かもしれないけれど、そんな風に考えていたなんて。親しい友人みたいな気分でいたのに、急に頬が熱くなる。きっとその熱に浮かされたのだと思う。


「菅原の好きなものの話なら、興味なくないよ」


たったこれだけの言葉を話すのに心臓がバクバクしている。親しい友人なんて嘘だ。本当に友達だと思っているなら、これくらいのことは冗談混じりにさらっと言える。私の恋愛偏差値は自分で思っているよりも低かったようだ。


「うわー……」

「あ、もしかして引いた?」

「違うって……それ、すっごく嬉しい」

「そう、ですか」

「もしかして照れてる?」

「違う」

「俺は照れてるよ」


次からは、名字がうざくない程度にバレーのことも話すよ。そう締め括って電話は終わったけれど、ふわふわと掴み所のない気分は続く。部活の話を聞くというだけなのに、菅原の内側に踏み込んだような気持ちになるなんて不思議だ。
端から見たら全然進展していないし、私が友人からそんな話を聞いても笑ってしまうかもしれない。けれど確実に、二人の仲が縮まった出来事だった。


2014/11/12