君に掬われた 


影山くんはとても直線的な人だ、というのが私の所感だ。
例えば、背中。普段教室では机に突っ伏して寝ているけれど、立つと姿勢が良いから余計に背が高く見える。
例えば、髪の毛。真っ黒で真っ直ぐで、固いイメージがある。
例えば、話し方。物の言い様がいつでもストレートで、裏表を感じさせない。
そして何より、バレーへの取り組み方が一途で、授業が終わるとすぐに部活一直線だ。

あの日から、影山くんとポツポツ話をするようになった。と言っても、ただのクラスメイトがするようなお喋りとも言えない会話ばかりである。これまではろくに挨拶もしてこなかったし、授業で必要最低限の言葉を交わすだけだった。だから少しはまともに話すようになった、というだけ。


「課題忘れた」

「見せてほしいってこと?ちゃんと頼まないと見せないよ」

「……見せてください」

「はいどーぞ」


ノートを渡して、会話終了。毎回こんな感じだ。決して仲が良いとは言えないような関係なのに、女の子というものは噂が大好きな生き物でして。


「今度は影山くんかあ」

「ねー。まあイケメンだしとりあえず媚びとけって感じじゃない?」


昼休みの喧騒の中、そんな声がちらりと聞こえた。またか、と悲しみより諦めが先にきた。せめてもっと人がいないところで言えば良いのに、人の多いところでそんな話をしていたら品位が疑われるというものだ。それにたったこれだけのことで男の人が惚れるほど、私は美人ではないと自覚している。そんなことは女の子も分かっているはずだ。ただのやっかみは、余計に性格ブスになるだけなのに。
さりげなく隣を窺えば、影山くんはとうに昼御飯を食べ終えて机に抱きつくようにして寝ている。それを確認して、一先ずホッとする。先日のこともあり、彼にこんな噂話を聞かれたくはない。
休み時間いっぱい、音楽でも聴こうとイヤホンを取り出した時、不意にまた女の子達の声が聞こえた。


「私は影山くんに幻滅〜」


まさかの言葉に、手を止めた。


「えーなんで?」

「だって、影山くんて硬派な感じだと思ってたんだもん。あんなのに引っ掛かるなんて単純っていうか」

「あー、分かるかも。影山くんもただの男だったんだね、みたいな」

「ほんと男って顔しか」


そこまででプツンと言葉が途切れた。教室のざわつきが小さくなる。何事かと思えば、女の子のグループに相対するように影山くんが立っていた。ついさっきまですぐそこで寝ていたはずなのに。


「お前らは、中身で選んでもらえるほど良い性格してるのか?」


至極不思議そうに尋ねる影山くんに、女の子達は黙りこくってしまった。


「無駄口叩かない名字と、悪口ばっかりのお前らなら、見た感じは名字の方が良いけど。本当はどっちが性格良いんだ?」


クラスのみんながそちらに注目して、私の方もチラチラと見ているのが分かる。さすがに女の子達が可哀想で、「ちょっと」と声をかける。視線が私に集まって居心地が悪い中、影山くんを教室の外へ連れ出した。あとで噂されるだろうなと憂鬱な気持ちになるが、先程の面倒な状況を放っておけるほど達観するまでに至っていない。
人気の無いところまで移動すれば、「何か用か?」ときょとんとした顔で影山くんが聞いてくる。用も何も。


「さっきの。影山くん、いきなり何言ってるの」


というか面倒事に私を巻き込まないで、という気持ちで軽く睨んでも、影山くんの方が目付きが悪かった。吸い込まれそうなほど瞳が黒い。


「いや、だって、突っ込みたくもなるだろう」

「でも、影山くんが言うと私の立場がどんどん悪くなるわけ。分かる?」

「俺の問題でもあったし」


そう言われると確かにそうで、影山くんの悪口は明らかに私の飛び火である。けれどあんな言い方は逆効果だということを説明するには、女子の世界は影山くんには複雑すぎるだろう。


「なんだ、話はそれだけか」

「とりあえず余計なことはしないでって言いたいの」

「……分かった。俺は、人のいないところまで来て、てっきり告白だと思ったのに」

「は?どこからそんな発想が出てくるのか疑問なんだけど」

「だって、俺は名字のことが好きだからな。期待するだろ、普通」


驚いて影山くんを見る。彼も真っ直ぐにこちらを見ている。
影山くんは馬鹿正直で女子が苦手なイメージがあったが、こんなことを言うなんて案外プレイボーイなのかもしれない。でも影山くんの表情にはそういう人特有の得意気な笑顔なんてなくて、いつも通りの無表情だった。言葉と態度が一致しなくて混乱する。


「好きなの?私のこと」

「おう」


やはり平然としている彼に、私の方がドキドキしている。いつもなら告白なんて面倒臭いだけで胸の高鳴りなんて無縁だったのに。
影山くんの瞳は深くて静かで、吸い込まれるようだ。まさに吸い込まれるように、私は彼に惹かれている。それがなんだか癪で、けれども抗えなかった。私はこの人が好きだ。


2014/10/16