邪気あり 


素直じゃないと言われることが多いが、自分はいたって素直だと思う。彼女に意地悪したいから、いじめる。ほら、全くもって素直じゃないか。もちろん優しくしたいときはきちんと優しくしている。まあ、そういう気分になるのが稀だということは否定しない。
意地悪したからといって必ずしも彼女が嫌な気持ちになるわけでもない、ということは周りの人たちには分かっていないのだろう。別に分からなくてもいい。ただ何も知らないくせに僕と彼女のことを勝手に推測して、適当なことを言って、良いことした、みたいな満足感を得るような奴はとりあえず関わって来ないでほしい。


「見て見て、ほら、ヒトデ!意外と手足長い!スタイル良くって蛍くんみたい」

「それ僕が喜ぶとでも?」


そう、彼女が大好きな水族館に来るのも、自分なりの優しさのひとつに入ると思う。だって魚なんて見て何が楽しいのか分からない。ぎょろっとした目と目が合うと気持ち悪い。魚なんて切り身を食べるので十分だ。
しかし彼女は食べるだけでは飽き足りないらしい。アロワナや海亀を見て喜んでいる姿は、どこかズレている。普通もっと、ペンギンとかイルカとかせめて色の綺麗な熱帯魚とか、見るべきものがあるはずだ。しかしそんな花形は「かわいいねー」で素通りしてサンショウウオのコーナーにへばりつくんだからどうしようもない。
今だってふれあいコーナーで小さい子にまじってナマコやヒトデを触っている。誘われたけど絶対に触りたくない。ほんと僕って素直。


「すごいぶよぶよ!」

「そんなの触って何が楽しいの」

「え、だってふれあいコーナーだよ?触れあわない方がおかしくない?」

「周りを見てみなよ」

「えー?」


どうしてそんなに子供のままでいれるのか、逆に彼女に問いたい。年齢からすればまだまだ子供なのだろうが、純粋なままでいるかと言えばそうでもない。十数年生きていれば、狭いながらも世間のことだって分かってくる。
ただ稀に、彼女やうちの部活にいる面々など、真っ直ぐに育つような人がいるのも確かだ。世間ずれしてしまった僕みたいな普通の人間には、嫌悪と憧れが混じって薬にも毒にもなる。僕にとって彼女は、運良く毒にはならなかったというだけだ。
あまり大きくない水族館なのに開館から4時間以上もよく分からない生き物を見続けた彼女が、「のんびりしたい」と言うので僕の家へ来ることになった。そりゃショーとか見れば座れるだろうけど、皆が素通りするような水槽の前に突っ立ってれば疲れるだろうなと思う。ちなみに僕は後ろの方のベンチに座っていた。


「はーもう楽しかったけど疲れたー。お邪魔させていただいてありがとう!」

「別に。なんていうかほんと、見てて疲れるほど無邪気だよね」

「え、全然無邪気なんかじゃないデスヨ?」


彼女が擦り寄ってきたから、頭を撫でて髪をすく。嬉しそうに額をぐりぐりと押し付けてくるから、なんていうか、よく無気力と言われる僕でもそういう気持ちになってくるわけで。そういう風に彼女を触るわけで。すると彼女はいつもと違って、してやったり、という笑顔を見せた。


「何?」

「ううん。こんなヨコシマなこと覚えて、無邪気もなにも無いなって」

「確かにね。というか……」


余裕そうだね?耳元で低く囁けば、彼女は僕の腕の中で身震いをした。僕の不機嫌な声に震える人は大抵恐怖から震えているのだろうが、彼女は違う。これからする行為と快感に期待をしているのだ。意地悪がすべからく悪いことだと思っている人は考えを改めた方がいい。彼女は僕の意地悪に悦んでいるのだから。
首から鎖骨を撫で、脇腹を通って腰から脚へ。内腿を撫であげて、寸前で止める。


「ほら、どうして欲しいか言ってごらん?」


膝を擦り合わせ泣きそうな顔をしている彼女が、心の中ではどうしようもなく楽しんでいて全然コドモじゃないってことは、他人には永遠に分かるはずもない。


2014/09/01