「おや」とテオが突然立ち止まったので、わたしも慌てて周りを見回した。何を見つけたのか早く把握しておきたいと思ったのだ。
テオに、ポロニアンモールを案内して欲しいという依頼を受けた時は、不思議には思ったけれど、まさかこんなに大変だとは思わなかった。
彼は少しでも目を離すとどこかに行ってしまうし、かと思えば物凄く近くに寄ってきたり、知っていると自信満々のくせに突拍子もないことをやってのけたりする。嫌だというわけではないけれど、いちいちハラハラするというか落ち着かないというか。
だからテオが、「あの方は…」なんて云い出した時も、今度は何だろうと思わず身構えた。
「何、してんの?」
あ、と思わず声を上げる。テオに発見された「あの方」は、わたしが誰よりも知っている人物だった。ゲームセンターに居たのか、相変わらず気だるそうな表情で彼はイヤホンを外す。
「里綾」
珍しく鞄以外の荷物を提げて怪訝な表情をしている兄がわたしを呼ぶ。綾人が右手に持っている袋は彼の好きな服のブランドの袋だったのだけれど、どうやら中身は違うらしい。乱雑に何かが詰め込まれている、ように見える。
「里綾様のお兄様、ですね」
嬉しそうにテオが微笑んだ。わたしが何か云うより先に、「テオドアと申します」と綾人に近付き挨拶をし始める。
綾人の表情はほとんど変わらなかったけれど、一瞬わたしに向けた視線がわたしに説明を求めているように見えてひどく焦った。急に自分の置かれている状態に気が付く。どう説明したら良いのか分からない。というか、テオをどう紹介したらいいんだろう。
「もしや…その手にしている袋の中身は…」
わたしの葛藤はよそに、会話は続いている。テオは、綾人が手に持った袋を興味深げに眺めていた。
「これ?」自分の荷物に視線を落とす綾人の態度はやはりいつもと変わらない。
何事にも動じない、と云えば聞こえはいいけれど、綾人の場合はただ興味がないように見えるから良くない。いらぬ誤解を受けるのも、全部そのせいだ。
「調子に乗って取りすぎたし、あげようか」
「え…よろしいのですか…?」
その袋の中身が何なのかが分からないわたしには、彼らが何の話をしているのかさっぱり分からない。
「い、いえ。やはり貴方は私のお客人ではありませんので…」
「じゃあ里綾に渡しとく。3つでいいよね」
「…はい」
申し訳なさそうに目を伏せたテオが、「…がご迷惑をお掛けしています」と小さく云っていた。誰かが、と云ったようだけれど、その主語は聞き取れなかった。
「いえいえ、こちらこそ妹がお世話になってます」なんて柄にもない台詞を綾人が云うから、思わず笑ってしまう。確かにテオにはお世話にはなってるから、間違ってはない、けど。
すると綾人は急に何かを思い出したように近くの噴水に近付き、その水面を覗き込んだ。まさか綾人まで噴水に手を突っ込むのではないかと驚いたけれど、どうやらそうではないらしい。
一通り眺め、少しだけ残念そうにわたしたちを振り返って、「お金、入れなかったんだ?」と云った。
「やはり入れるものでしたか…」何故だかとても口惜しそうにテオが呟く。
さっぱり意味が分からず、置いてけぼりはわたしはひとりで立ち尽くしていた。