「瀬田君、どうしても訊いておきたいことがあるんだけど、いいかな」

瀬田君の気配を感じて、私はユノから意識を離した。ディスプレイに映る設計図のような簡易な映像が、ふっとまるで電源を落とすように瞬時に消える。ゆっくりと双眸を開くと、目の前には見慣れたエントランス。
少しだけ驚いた顔をした瀬田君が、私を眺めている。にっこりと笑いかけて、私は床に座るよう手の動きで提案した。

今日は里綾ちゃんにアイギス、桐条先輩、そしてコロちゃんでタルタロスの中の探索をしている。真田先輩とゆかりちゃんは用事が、順平君は体調不良で今日は来ていない。今エントランスにいるのは、私と瀬田君だけ。
欠席者が多いというのと、今のところ順調に探索が進められているという現状を踏まえて、今日のところは苦戦を強いられる心配のなさそうな下位層の探索に出ていた。探索メンバーには桐条先輩もいるから、だから私が少しくらいユノから意識を離していたって、里綾ちゃんたちに影響はないだろう。
私に続いて床に腰を下ろした瀬田君は怪訝そうな表情で、「訊きたいことって、何」と云う。

「うん、ずっと気になっていたことなんだけどね」


エントランスの時計が、影時間を刻む。現実に存在しない隙間の時間にも関わらず、タルタロスの中では時間が刻まれていた。たぶん、1時間の中に60分、1分の中に60秒があるのと同じことだ。1秒の中にも、私はそれを何と呼ぶか知らないけれど、やっぱり時が刻まれているのだろう。私たちペルソナ使いはきっと、通常体験することのできないその1秒を、まるで1時間のように錯覚し活動しているに過ぎないのだ、という仮説が私の中にはあった。つまり、影時間に落ちる、とはそういうことなんじゃないだろうか。なんて、今はそんなことは関係がないので、とりあえず置いておくとして。

私たちはタルタロスの探索する人数を4人、それ以外の人はエントランスで待機していると決めていた。エントランスフロア内であれば行動は自由。ただし、許可なく外に出たり、階を上ったりしないこと。これは、ちょうど私が活動部に入った頃に決めた約束事だった。
私にはユノ(数日前まではルキアだったわけだけど)がいるので、大体みんながどこに居るかは把握できる。だから時々、里綾ちゃんや瀬田君の存在が、ふっ、と消えてしまうことには気付いていた。どれだけ神経を集中させても、その行方は分からない。思い切って里綾ちゃんに訊ねると、「風花って本当にすごいよね」と一頻り関心し、「わたし、複数ペルソナを持っているでしょう?わたしひとりじゃ管理できないくらい。それを助けてくれる人のところに行っているの」と教えてくれた。
それなら瀬田君もそうなのかなあ?私が云うと、里綾ちゃんは複雑そうな顔で、「どうなんだろうね」と云っていたっけ。
その疑問が矛盾していることにすぐに気付いたけれど、里綾ちゃんは勿論そのことを承知の上で「どうなんだろう」と云ったように思ったから、それ以上里綾ちゃんとこの話はしていない。

ルキアだった頃の私には分からなかったことが、ユノに変わって、少しだけ分かるようになった。
里綾ちゃんの云う「ベルベットルーム」という別空間の存在、そして、やはりそこに消えていく里綾ちゃんと瀬田君。それだけじゃない。ベルベットルーム以外の空間。そこに瀬田君が消えていくことも、だ。


「瀬田君、どこに行っていたの?」

膝の上で拳を握り、じっと瀬田君を見つめる。

「どこって…エントランスだけど?」

瀬田君の返事は素っ気ない。いつもの私なら、そうなんだ?と誤魔化されていると分かっていても物分かり良くそう云うだろう。けれど、今日は私だってそれなりの覚悟を決めている。

「私ね、瀬田君。大きな扉が開くのを感じたんです。タルタロスを上る入り口じゃない、別の入り口」

僅かだけれど、瀬田君の目が泳いだ。今が総攻撃チャンス、とばかりに私は身を乗り出す。

「瀬田君って、本当は里綾ちゃんと同じ様にペルソナを使い分けてますよね。はっきりは見えないけど、ぼんやりと分かるから…」
「ぼんやりと…今は何に見える?」

少しだけ頬を緩めた瀬田君に促され、私は意識の中にユノを呼ぶため双眸を閉じる。ぼんやりと霞む思考。形作る存在。一層意識を集中すると、脳内に判別がつく程度の頼りなげな映像が浮かんだ。

「強力なペルソナ…アルカナは魔術師…火炎を得意として、反対に氷結が苦手。けど、弱点は消されてる」

「当たり」

ぱちん、と指の鳴る音がして私は視界を開く。正座をしている私に対し、片膝を立て少し背中をまるめて座っている瀬田君とは、殆ど視点が同じだった。じっと見られていて、思わず顔が赤くなる。

「えっと…あの…」
「やっぱり山岸には隠し事ができないな」

まるで悪戯が見つかってしまったかのような口調で瀬田君は云った。

「いつかバレるだろうとは思ってたんだけど」
「どうして?」
「え?」
「どうして、隠したの?」

一番大切なことだ。何故云ってくれなかったのか。何故ひた隠したのか。返答に寄っては、私だって怒らなきゃいけない。
しばらく私を見つめていた瀬田君は、ふいに視線を逸らし、息を吐いた。

「リーダーやりたくなかったから」

瞬きもせずに一息で云って、彼は視線だけをこちらに寄越した。
「ウソ」即座に私は答える。
「どうして?」瀬田君の訊ね方は、答えを知りたいというより、社交辞令のようだ。もしかしたら彼は、探り合いのようなこの会話をただ楽しんでいるのかもしれない。

「瀬田君が云ったよ。私には隠し事ができない、って」
「確かに、云ったね」
微かに瀬田君は笑う。
「山岸には、隠し事ができない」

「全部話してほしいなんて思ってない。話したくないなら無理に話してなんて云わない。けれど、全部ひとりで抱え込まないで。私にできることなら、何でもしますから」

私の気持ちは、どのくらい彼に伝わるだろう。その端正な顔をじっと見つめる。
初めて瀬田君に会った時、つまり私がタルタロスでひとり迷っていた時のことだけれど、その時に彼が「すごいね」と私に云った。たった一言、それだけだ。それだけが、私の中にずっと残ってる。その一言に支えられて、今の私がいると云っても良い。だから、今度は、私が少しでも彼の助けになりたい。


「俺は、大丈夫だからさ。山岸は、里綾の心配をしてあげてよ」
「そう…、分かりました」

きっと彼が里綾ちゃんをリーダーに押したのは、彼女にリーダーとしての資質があるからだけじゃない。リーダーであれば、いつだって、必ず、みんなが気にしてくれるから。守ってくれるから。
彼はいつだって、まず、里綾ちゃんのことを考えている。いつだって、自分のことは後回しで…本当に、そんなとこばかりふたりは良く似ている。


「瀬田君、私なら、本当にいつだって話、聞きますから」








(だから、ひとりで無茶はしないで)






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