オムライスを掻き込む僕を嬉しそうに眺めながら里綾さんは「そんなにお腹空いてたの?」と笑った。そういうわけじゃないんですけど、答えようとして、咽せる。「慌てなくてもいいよ」僕にミネラルウォーターのたっぷり入ったコップを差し出し、里綾さんはやはり優しく笑っていた。

受け取った水を一気に飲み干し、里綾さんを盗み見る。里綾さんは最近、もしかしたらちゃんと眠れていないのかもしれない。いつもより頻繁に瞬く長い睫毛を眺めながら思う。
誰もが自分ひとりのことに精一杯だというのに、里綾さんはいつでも人のことばかり考えている。例えば、僕のこと。
もう大丈夫です。口では立派なことを云ってみせているけど、絶対完璧に大丈夫な時なんて、あるわけない。ふいに荒垣さんの言葉は蘇るし、僕を庇った広い背中を思い出したりもする。なんだよ、結局守られてるんじゃんか。思い出す度に泣きそうになって、もう嫌だ、なんて口にしてしまう。そんな僕の泣き言を聞いていたわけではないだろうが、里綾さんは突然想い出したように、「ごはん、食べよっか」と僕を誘ってくれた。


「ごはん食べてお腹いっぱいになったら、きっと、もっと良い方向に考えられるようになると思うんだよね」


僕の向かい側でオムライスを口に運び、スプーンを銜えたまま里綾さんはぼんやりと云う。

「少しは元気になるかも」

僕はそれには答えず、食事に夢中になっている振りをした。他の一切を忘れて食べ物に集中する様は、僕が嫌悪するこどもそのものだと分かっていたけれど、里綾さんが笑ってくれるならそれでもいい。

「美味しいです」
口いっぱいに含んだチキンライスを飲み込み、ようやく僕は云う。
「そう、良かった」
里綾さんの云い方はまるで、僕がごはんを食べきったことを安堵するかのようだった。

「天田くんは本当に一生懸命ごはんを食べてくれるから、作り甲斐があるよ」
「里綾さんの作ってくれる料理が美味しいからです」
「そう?」

天田くんは優しいね、と笑った里綾さんが、ふいに困った表情を見せたのを僕は見逃さない。僕は、それが罪悪感だと知っていた。里綾さんがこうしてしょっちゅう僕に手料理を振る舞ってくれるのは、料理をしている時は考え事をせずに済むから。考えたくない色々なことを、どこかへ押しやってしまえるから。その延長線にあるこの時間を、彼女は偽善だと考えている。僕に対して、申し訳ないと思っている。

(大丈夫ですよ)

ちゃんと分かっているから。
僕は言葉にはせず、微笑んでみせた。

そんな前提はどうでもいい。ただ、その時間に僕を選んでくれたことが嬉しい。


いつだったか彼女は僕に、「弟が出来たみたいで嬉しい」と云ってくれた。僕は一人っ子で、お母さんももういなくて、だから家族とか兄弟にはすごく憧れていたけど、正直なところ、里綾さんにだけはそんな風に思って欲しくなかった。彼女とは対等でありたかったから。
だけどそう云ったら彼女を困らせてしまうだけだとも分かっていたから、「里綾さんがお姉さんなら、綾人さんは僕のお兄さんですね」と口にする。
少しだけ不満そうに「え、天田くんはわたしの弟なのに」と云った里綾さんに、「だって里綾さんと綾人さんは血の繋がった兄妹じゃないですか」僕は笑った。


僕が想うように彼女は僕を想ってはくれないだろう。きっと、この先も。けれど、彼女は僕をとても大切に思ってくれている。そういう確信があった。そんな形でいい。そんな風にでも里綾さんと一緒に居られたらいいな。なんて。






「里綾さん」
「なあに?」

「大好きです」






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