彼は今夜もベッドの上に座って、ぼんやりとしていた。
影時間に入った今の時間までカーテンも閉めずにいる。寒くないのかい?僕が訊ねると彼は、「そっか、冬が来るんだもんな」と独り言のように呟いた。

数日前の満月の日から、彼はずっとこんな調子だ。
昼間もこんな風に無防備なのだろうかと心配になるけれど、今彼の周りはやはり問題だらけで、誰もが自分のことで精一杯のようだから、誰も彼に注意を払っていない。たぶん、彼の妹でさえも。
それは少し寂しいことで、同時に少し誇らしいことでもある。世界で唯一、僕だけが彼のことを案じている。なんて思えるから。

彼は何よりも彼の妹のことを第一に想っていて、そして彼の周りの人たちのことを想っている。彼は誰にも関心がないように見えるようだけれど、それは大きな間違いだ。彼は、本当に優しい人なのだ。だからこうして、大切な誰かが欠けてしまったりすると、心のバランスが崩れてしまう。周りの声なんて聞こえなくなってしまう。ちょうど、こんな風に。


「綾人」


もしかしたら僕は彼にとっての大切な人たちに含まれていないのかもしれないなあと、時々考える。
いつだって僕の声は、彼に届かない。ずっと、誰よりも側に居て、ずっと、ずっと彼だけに呼びかけていたのに。

「ねえ、」

それでも僕にとって彼が何よりも大切なことに変わりなくて、彼が大切にしている全てのものが僕にとっても大切であることも変わらない。
彼が何に変えても彼の妹を守るというならば、僕も必ずそうしよう。その為に多大な代償を払わなくてはならないとしても、それが彼の望みならば、やはり僕は手を貸そう。だから、

(だから、僕には)
(せめて僕くらいには、)
(全て、話してくれないかな)

彼が何を知っているのか。何を覚えていて、何を隠したいと思っているのか。
聞いたところで、僕には結局どうしようもないことかもしれない。けれど、それでも、共有くらいは、出来るはず。


「冬は嫌いなんだ」

彼は窓の向こうの空をぼんやりと眺めている。影時間の、暗闇だ。

「どうして?」

僕も同じように空を眺めながら訊ねる。


「二度と春が来ない気がするから」


あの時みたいに。呟いた彼の言葉が、深く、僕の心に落ちた。
4月に初めて彼に会った時には破片でしかなかった僕の記憶は、今や殆どが埋まっている。後少し、ほんと僅かの欠片を残すだけだ。その僕の記憶に、たぶん、彼の云う「あの時」はある。
彼の苦しみはどうやったって和らげない。どうしようもないことだ。分かっているけれど、どうにかしたい。そんな相反する気持ちが僕の中にある。
どうしたらいいんだろう。どうすればいいんだろう。せめて彼の片割れが、彼のこの異変に早く、どうか早く、気が付いてくれますように!




(僕にはただ、祈ることしかできない…のかな)






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