カチリと世界を支配する時計の針が、動き出す音がした気がした。それを合図に様々な音が溢れ出す。深夜にも関わらずこんなにも音があるのだなとぼんやり考えていた。

最初に動いたのは桐条先輩。勢いよく携帯を開き、強い口調で話し出す。たぶん、病院の手配をしているのだろう。天田くんは少し離れたところで膝を付き、青ざめている。その側に呆然と立ち尽くす真田先輩も、やはり世界の終わりのような顔をしていた。無理もない。兄弟同然の幼なじみが血を流して倒れているのだ。
わたしとゆかりは、その出血をなんとか止めようと、無駄だと分かっていたけれど交互に回復術をかけ続けていた。握った手がどんどん冷たくなっていく。嘘だよ。乾いた口から漏れるのは泣き言ばかり。泣くな、なんて荒垣先輩は云ったけれど、そんな無茶な要求はない。笑ってくれ?出来るわけがない。

かなり無理をしていたゆかりは、影時間が終わると同時に体勢を崩した。それをぼろぼろに泣いていた風花が抱き留めて、やっぱりふたりしてまた泣いた。
「荒垣さん…」順平の呟きが聞こえる。コロマルも悲しそうに鳴いている。

依然はっきりとしない頭で、わたしは荒垣先輩の言葉を思い出していた。いつもいつも、辛そうな顔をしていた。先輩は寮に戻ってきて良かったのかな。楽しかったのかな。分からない。
先輩は、だって、自分自身のことを殆ど話してくれなかったから。まだわたしは、殆ど先輩のこと、知らない。こんなことってない。
荒垣先輩に貰った腕時計は、影時間が空けると同時に再び動き始めていた。荒垣先輩の懐中時計だって、きっとそうだろう。影時間が終われば、何もかも元に戻る。そうじゃないの?

いつの間にかアイギスがわたしの側に座っていた。
「里綾さん」わたしの名前を呼んだアイギスは、そっとわたしの手を取る。ずっと荒垣先輩の手を握っていた手だ。
ゆっくりとアイギスを見る。アイギスの表情はいつもと変わらない。声の調子も変わらない。何故だか無性に悲しくなって、わたしはアイギスに抱きついた。アイギスにもわたしたちと同じ悲しみを共有する権利がある。アイギス自身が人の悲しみは分からないのだと云っても、きっと、どこかで感じることができるはず。

「里綾さん」少しだけ困ったようにアイギスはわたしを呼ぶ。それには答えずに、わたしはみんなから少し離れた位置にひとりぽつんと立っている綾人を見つめていた。
涙で霞んだ視界では綾人の表情は全く見えない。まるで海に沈んでいくようだな、と思った。と同時に、あれ?と思う。
昔、同じようなことを思わなかったっけ?同じように辛いことがあって、悲しくて、たくさん泣いて、そして「まるで、うみにしずんでいくみたい」って……違う、あれはわたしじゃない。綾人だ。綾人が云っていた。

記憶の断片が蘇る。その頃の綾人とわたしは、両親じゃないと区別がつかないくらいにそっくりで、ともすればわたしが男の子に、綾人が女の子に間違えられていた。わたしの方が活発で、綾人は大人しくて、いつもわたしが綾人の手を引っ張って歩いていた。
そう、あの時も。

けれどそれ以上思い出そうとするとひどく頭が痛んだ。まるで思い出そうとするのを拒んでいるようだ。きっと、とても大切なことのはずなのに。


しかしその痛みに抗う程の体力が残っているはずもなく、わたしの思考は夜闇に響くサイレンの音に掻き消された。






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