文化祭を中止にした台風が少し収まり、ようやく外が静かになってきた頃、順平が外の様子を見がてらコンビニに行ってくると寮を出ていった。瀬田綾人の風邪薬を買うためだ。

昨夜、激しい雨に打たれずぶ濡れになって帰ってきた瀬田綾人は高熱を出し、今部屋で寝込んでいる。ラウンジになんとなく重い空気が流れているのはそのせいだなと、カウンターテーブルに肘を付き、手持ち無沙汰にラウンジを見渡しながら思った。


一緒に付いていくと云って順平に断られた山岸が、落ち着かない様子で窓の前をうろうろしている。普段ならば落ち着けと一言云いそうな桐条も黙って、さっきからページの進まないペーパーブックを睨みつけていた。
瀬田里綾が階段を下りてきたことに真っ先に気付いた岳羽が彼女に駆け寄る。

「瀬田君…大丈夫?」

その声に、ラウンジにいた全員が注目をする。

「大丈夫…だと思う。寝てるって」
「…そう。お粥、食べなかったんだね…」

瀬田の手にしているトレイを見下ろし、岳羽が気遣わしげに云う。瀬田は努めて明るく、「綾人が食事をしないなんて、異常だよね」と笑っていた。「明日には空が落ちてくるのかも」

少しも手を付けていないのか、重そうな土鍋の乗ったトレイをカウンターテーブルに置き、瀬田はイスに腰掛ける。
「荒垣先輩。隣、すいません」軽く微笑み、そして小さくため息を吐いた瀬田を横目で眺めながら、「縁起でもねえ」と俺はぼそりと呟いた。「え?」と瀬田は首を傾げる。

「空が落ちるなんて、大層な話じゃねえか」
「でも綾人がご飯を食べないなんて、それくらい有り得ないことなんですよ」
「アイツだって食欲のない時くらい偶にはあるだろうよ」
「そう…ですかね」

それでも不安げな表情のまま、瀬田はレンゲを手に持ち、土鍋の蓋を取った。兄が食べなかった分を食べてしまうつもりらしい。
混ぜるとまだ湯気の立つそれは、彩りも綺麗で食欲をそそる。なるほど。あの瀬田綾人がこれを目の前にして食べなかったというのは確かにかなり異常かもしれない。

瀬田はレンゲに掬ったお粥にふうと息を吐いて口に運ぶ。しばらくレンゲを銜えたまま何事か考えいたようだが、やがて「美味しいです」とぽつりと云った。


「さすが生命線だな」


瀬田の方に躰を向き直し、肘を付いた手で頭を支える。怪訝そうな表情で、「なんですか、それ」と口を尖らせた瀬田に「オマエの兄貴が云ってたんだよ」と口端を持ち上げた。

「今、順平がコンビニ行ってる」
「はい」
「プリンとスポーツドリンクも頼んどいたから」
「…プリン?」
「風邪ン時って、冷たいもんが欲しくならねえか?プリンなら食えんだろ、アイツも」
「荒垣先輩…ありがとうございます」

レンゲを置いた手をぎゅっと膝の上で握る瀬田の様子を眺めながら、「あと、」と言葉を続けた。え?と瀬田が顔を上げる。

「心配だからって兄貴のとこ入り浸って、オマエまで風邪もらってくるなよ」
「それ、綾人にも云われました」

ようやく笑った瀬田に満足し、席を立つ。瀬田は不思議そうな顔で見上げてきたが、いつまでもオレが此処に座っていたんじゃあ落ち着かない奴がいるのを知っているから仕方ない。
ソイツの方を見ると、案の定目が合った。







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