「じゃ、またな友近ー!」
「おー」
顔を上げた時には既に順平の後ろ姿しか見えなかったけれど、オレはそれでもその背中に向かって片手を振ってやった。
順平は今、「とてもガンバっている」らしい。というのは、2学期から転校してきた謎の美少女、アイギスさんの情報だ。何をガンバっているのかは教えてもらえなかったけれど、あんなにマジな顔をした順平は今まで見たことがなかったし、何より彼は今、とても幸せそうだ。
一生懸命な奴を応援してやるのは人として当たり前なことで、かつ、それがその人にとって幸せなことならば、やはり温かく見守ってやるのが友ってもんだろう。
みんなが幸せっていいよな。
誰もが幸せになれたらいいよな。
なんて思うのはきっと、自分が今超絶に幸せだからだろうと自覚している。今のオレの幸せは、みんなに分けてやらなきゃいけない。これはたぶん、オレの責務だ。
「あれ、瀬田さん今日部活だっけ?」
いつもならよっぽどの用事がない限りクラスメイトたちと一頻り話してから教室を出て行くのに、珍しく今日の瀬田さんはさっさと荷物を纏めて席を立った。
「え?あ、部活じゃないよ」
「じゃ委員会?」
「ううん。ちなみに生徒会でも同好会でもないから」
「あ、そう?」
部活ひとつでも大変だっていうのに、彼女は委員会に生徒会に同好会(しかも同好会は2つ所属しているらしい)を兼任しているというのだから全く頭が下がる。ホント、ガンバってるよなあ。部活に行くらしい岳羽さんと教室を出て行く姿を眺めながらため息を吐く。
それにしても珍しい。今日は何か予定でもあるんだろうか…。
「今日は、月曜日でありますので」
頭上からの声に顔を上げると、何時の間に居たのかアイギスさんが無表情に教室の扉を見つめていた。
「へ?月曜は何かあるの?」
「里綾さんにとって、月曜日と金曜日は特別であります」
「アイギス」
「はい」
何がどう特別なわけ?是非とも続きを訊きたかったのに、瀬田に遠くから阻止されてしまった。
アイギスさんは何故だか瀬田に従順で、その瀬田に止められてしまった以上、もう何も答えてはくれないだろう。このふたりの関係って何なんなのかと時々思う。というか、アイギスさん自体が不思議すぎてよく分からない。
「なあ、瀬田ー」
「行かない」
ゆっくりと歩いてきてアイギスさんの横に立った瀬田は、きっぱりと云ってミュージックプレイヤーを取り出した。
まだ何も云ってないだろ、オレが顔をしかめると、「もうノロケ話は十分なんだよ」と取りつく島もない。それは順平の?瀬田さんの?重ねて訊ねるオレに、瀬田はあからさまに嫌そうな顔をする。
「友近も含め、ぜんぶ」
「あららー、オレも含まれちゃうかー」
「友近、うざい」
「ふふん、そんなこと云っちゃってー。幸せ仲間に瀬田も入りたいんじゃないのー?」
「殴っていいな?」
「目がマジですね、瀬田君」
「マジですから」
少しだけ口端を持ち上げて、瀬田は拳を握った。
(あれ、ちょっと笑った…?)冗談じゃなく殴られるかもしれないと思いながらも瀬田が笑ったことが意外で、回避も忘れまじまじと瀬田を見る。どこか楽しそう…というか嬉しそうに見える。何でだろう。順平が幸せで、瀬田さんが幸せで、そしてオレが幸せで…それが嬉しい、とか?あれ、コイツ、良い奴じゃん。
「…何?」
オレが黙ったまま瀬田を眺めていたのが気に入らなかったのか、拳を握ったまま不機嫌そうに眉をひそめた。これを云ったら本気で殴られるという自信があったので、オレはただ首を横に振って笑う。
「みんなが幸せって、いいよなあ」
「友近、大丈夫か?」
「うんうん、やっぱり何より世界平和ーだよね!幸せがいいよね。みんな幸せだといいよね。ね、アイギスさんもそう思わない?」
「そういう感情は機…」
「アイギス」
瀬田は握った拳で、軽くアイギスさんの額を小突いた。軽くだったとはいえ、不意打ちの攻撃に全く怯みもせず、アイギスさんは瀬田に小突かれた額を不思議そうに触っている。
「キミたちホント仲良いよねー」
「はい。わたしの一番は綾人さんであります」
オレに向き直り、そう云ったアイギスさんはどことなく嬉しそうだった。アイギスさんも瀬田同様にとんでもなく表情が乏しいから、たぶん、としか云えないけど。
「アイギス」
やっぱり表情にはあまり出ていないけれど、どうやら瀬田はかなり困っているらしい。咎める口調に、諦めのようなものが漂っている。
アイギスさんは何故瀬田が困っているのか分からないといった様子だった。
結局、瀬田とアイギスさんの関係はさっぱり分からないけれど、アイギスさんが瀬田を困らせることが出来るすごい人なのだということは分かった。さすがの瀬田も、こんな可愛い子に直球で来られたら困っちゃうよな。って、それだけじゃない気もするけれど。
懲りずにまた瀬田をじーっと見ていたら、ついに殴られた。ゴンッ。って。誇張じゃない。絶対。
「はがくれ、おごりなら行ってもいい」
殴って満足したのか、何故だか上から目線に瀬田は云った。まあ確かに話を聞いてもらう立場なのだから文句も云えないのだけど。
「どうせ特盛り頼むんだろ、オマエ」
「行かないなら別にいいよ」
「行く!」
何だかんだ云ったって優しいんだよな、瀬田は。結局こうして付き合ってくれるし、話聞いてくれるし。
ああ、後は瀬田が幸せだって笑ってくれる日がきたら完璧なのにな。本当のところ、オレは誰よりも瀬田に幸せになってもらいたい。なんて、お節介にもそんなことを考えていたりする。
いつか、笑われてもいいから瀬田にちゃんとそう伝えよう。