月曜と金曜は部活がないから。
そう云った俺に気を使ってくれているのか、瀬田は時々俺を誘ってくれた。ここでいう瀬田、とは勿論妹の方だ。兄の方は俺から「はがくれでも行かないか」と誘わない限り付き合わない。たぶん。

ともかく瀬田里綾は放課後、暇なのかなんなのかよく分からない女の子たちに捕まってうんざりしている俺に「一緒に帰りませんか」と声をかけてくれる。俺は名前も知らない女の子たちから解放され、正直かなり助かっているのだが、順平や岳羽に云わせると瀬田の行動はかなり命知らずらしい。さすがに命の関わるようなことはないと思うけれど、瀬田に迷惑がかかるのは勿論俺としても本意ではない。
しかしそうやって云うと、彼女は決まって笑って云うのだ。「大丈夫です。わたし、強いですから」

確かに彼女は強い。それはこの数ヶ月目の当たりにしてきたから良く知っている。
シャドウに立ち向かう、目に見えるような強さだけじゃない。精神的な強さも、彼女は十分すぎるほどに備えている。
けれど、それと「大丈夫」というのは別じゃないのか。彼女の兄は、彼女のことなら心配しなくても大丈夫だと云ったけれど、それは彼女がひとりではないからだという意味なのだろう。
大丈夫だと笑う彼女を理解し、支える人がいるからだろう。それは例えば岳羽であり山岸であり、彼女の兄なのだ。順平…も、やっぱりそうなんだろうな。

なんとなく、瀬田が順平と楽しそうに話をしているのを見ると、落ち着かない。以前、順平と瀬田が付き合っているという話を真に受けて順平に訊ねようとしたことがある。その時はどうしても訊くことができなかったが、後日、何かのついでに瀬田本人に訊ねてみた。
そんなの、全部デタラメですから!身を乗り出して怒った彼女を見て、どうして俺は安心したのだろう。先輩には、誤解してほしくないです。拗ねたように彼女は云ったけれど、その先の言葉は云ってくれなかった。俺はたぶん、その続きを聞きたかったのに。


「先輩は、」

うん?と瀬田の方を見ると、彼女は上半身を傾けて俺を覗き込んでいた。

「どうした…?」
「先輩は、わたしといても楽しくないですか?」
「なッ…そんなわけ…」

ないだろう。言葉は最後まで云えず、口の中で消化される。楽しくないわけがない。けれど、楽しいかと訊かれても、分からない。
瀬田といると息が詰まりそうだったり、その存在を常に意識してしまったり、そのくせ瀬田のことを考え過ぎて目の前の瀬田の存在を忘れてしまったり。これをなんと形容するのが一番正しいのか分からない。どう伝えればいいのか、分からない。

「瀬田こそ」
「はい?」
「俺といて楽しいのか?」

訊ねると彼女は上半身を起こし、「そうですねえ」と気の抜けた返事をした。俺と同じ方向を向いて大きく、跳ねるように一歩踏み出す。

「楽しい…じゃないかもしれません」

彼女の背中を眺める自分が少なからず落胆していることに気が付いた。「そうか」と云った短い言葉さえ、力がない。

「えーと、楽しいじゃなくて、嬉しい…かな」
「…嬉しい?」
「はい。真田先輩はとても優しいから。だから、一緒にいるのは嬉しい、です」

くるりと振り返った彼女から目を逸らすように顔を背ける。

「優しいなんて、初めて云われたな」俺が云うと、「真田先輩は優しいですよ」と彼女は顔を綻ばせた。

「真田先輩は、もしかしたら自分では意識してないのかもしれないですけど、わたしがひとりでいたくない時、いっつも側にいてくれたんです。もう嫌だ誰にも会いたくない!ってなった時も、真田先輩は黙ってただ側にいてくれたんです」

やっぱり自覚なし、ですね。彼女はおかしそうに笑って、また背を向けた。

そんなに俺は瀬田の側にいたか?記憶を手繰り寄せる。彼女が云うほど、俺は彼女の為を思って側にいたか?覚えてない。けど、彼女が泣きそうな顔をしている時、部屋に戻れない程疲れきっている時に、放っておけなくて側にいたことはあるかもしれない。ただ、側にいることしかできなかった、という方が正しい。優しい言葉も、気遣うような行動も、何もできなかったから。
それなのに、優しい、だなんて。


(買い被りすぎだろ…)


跳ねるように先を進む彼女の後を追いながら、顔をしかめた。やはり痛みの理由は分からない。







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