「里綾、どうかした?」

駅の時計を見上げたまま立ち止まったわたしを、先に進んでいた綾人が振り返る。

「どうかした…っていうか…」
「早く行こう。俺、眠いんだよね」
「綾人はいつも眠そうだよ…ってそうじゃなくて」
「里綾」

諭すようにわたしを呼び、綾人がゆっくりと戻ってくる。
いつの間にかわたしよりずっと背が高くなってしまった彼は、けれどいつまでも子供の頃のまま、わたしの手を掴んだ。そのまま手を引かれる。

いつだって、こんな風にふたり一緒だった。10年前にこの街で両親を失ってからは本当にふたりきりだった。ふたりでいれば寂しいことなんてないし、嬉しいことはふたりで分かち合える。わたしには綾人がいる。だから大丈夫。何も不安はない。
綾人の横に並んで、ぎゅっと手を握り返す。少しだけ驚いた顔で綾人がわたしを見た。

「学校、どんなところだろうね」
「さあ」
「寮ってどんな感じかな」
「どうだろうね」
「楽しみだね」
「そうだね」
「…本当にそう思ってる?」
「だから眠いんだって」

うんざりした様子で答えた綾人に、わたしは笑った。
戸籍上は彼が兄になるのだけれど、双子なのであまりわたしたちは拘っていない。しかし周りからは、どうやらわたしの方が姉だと思われているようだ。たぶん、綾人が極度の面倒くさがりで、何かとわたしが世話を焼いているからだろう。本当はとても優しいのに人にはそう思われたくなくて、人付き合いが苦手で、そして何でも二言目には「どうでもいい」なんて云い出す、本当に困った兄なのだ。なのに何かしら面倒事に巻き込まれるトラブル体質だから、わたしがちゃんと守ってあげなきゃ…なんて云ったら余計なお世話だって怒られるんだろうけれど。


「ね、綾人。たくさん友達できるといいよね」
「小学生じゃないんだから…」
「またそういうことばかり云う!」
「里綾もね」


数週間前に届いた転入手続き完了の書類と一緒に入っていた寮の案内によると、わたしたちが目指している寮は巖戸台駅からすぐ近いはずだ。たぶん歩いても数分で辿り着くだろう。空を見上げるといつもより大きな月が浮かんでいた。満月が近いのかもしれない。
さっき駅構内の時計を見た時と同じ違和感に首を捻る。何だろう、何かいつもと違う気がするんだけど、よく分からない。でも、気になる。
ぼんやりとしていると綾人に強く手を引かれた。


「里綾、眠い」
「はいはい」


繋いだ手は確かな現実。それだけはいつでも側に在って、何よりも信じられるものだった。
それだけが、たぶんわたしがわたしでいられる条件だったのだ。

だから、まさかこの手が離れることがあるなんて、考えもしなかった。








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