何もかも、上手くいかないな。
両手を縛られたままの情けない状態でぼんやりと思った。

召喚器を奪われ錯乱した彼女は先輩たちに拘束されて今、オレの目の前にいる。一瞬だけオレを見た彼女の眸には、憎悪にも似た強い悪意が宿っていて、ああやっぱり彼女はオレたちの敵だったのだなと思った。
つい最近出会ったばかりの彼女なのに、その僅かな間に彼女はオレを形成する一部になっていたらしい。オレの中でそれらが、バラバラと崩れていく気がした。彼女という存在が偽りだったことで、オレ自身も虚像であるような気がした。

だけど思い出せ。オレの中の防衛本能が働く。
オレは彼女のことなんて、結局ほとんど知らないじゃないか。そうだ、彼女はオレにほとんど彼女自身のことを教えてはくれなかった。
唯一教えてくれたのは名前だけ。チドリ。漢字は知らない。苗字も知らない。時々ポートアイランド駅前の花壇に腰掛けて抽象的な絵を描いている。暑い日でもお構いなしの真っ白なゴスロリドレスに、赤い髪が映える綺麗な顔の女の子。ちょっと…かなり、近寄りがたい。
いつもふてくされているようにも見える表情で、世界を斜めに見ている。まるで目の前で起こること全て自分には関係ないと云っているみたいに世界のことになんて無関心だった。

彼女はオレの話を興味深けに聞いてくれていたけれど、それも今思えば、彼女にとってオレという存在は体の良い情報提供者という程度でしかなかったのかもしれない。本当に興味があったのは情報だけで、オレの話なんてどうでも良かったのかもしれない。
けど、「順平の話は聞いていて飽きないね」と笑った彼女の笑顔も、やっぱり嘘だったのだろうか。オレを油断させるための演技でしかなかったのだろうか。
あの笑顔が嘘だったなんて、思えない。思いたくない。
座っているのにぐらりと視界が歪んで見えた。重力が普段の何倍も躰に伸し掛かっているみたいだ。

いつの間にか里綾がオレの側に座り、縄を解いてくれていた。ようやく自由になった躰を動かすと、両腕に痺れが走った。顔をしかめ、立ち上がろうとする。しかし立ち上がれない。膝立ちになってオレを見ていた里綾がオレの腕を掴んだ。オレはそれを無遠慮に振り払う。

「順平」
「チドリと話したい」
「今は無理」

「無理じゃねーだろ!」

オレの声に驚いたゆかりと風花が強張った顔でオレを見た。先輩たちや綾人は、視線だけこちらに向けてくる。里綾の両腕が伸びてきて、今度は振り払われないよう、しがみつくようににオレの左腕を掴んだ。

「順平が、無理なんだよ」
懇願にも似た声に、オレは里綾を振り返った。

「順平がまず落ち着かなきゃ。話したいこと、まとめなきゃ。ちゃんとあの子と話、したいんでしょう?」

里綾の掴む手に力が入る。里綾の鼓動が腕に伝わる。

「順平のしたいようにしたらいいから。わたしは順平を信じるよ。だから、」

そんな顔、しないでよ。


絞り出すように云ったその里綾の声に、オレはようやく、自分が今にも泣き出しそうな情けない顔をしているのだと気付いた。
全身の力が急に抜けたみたいにその場に座り込む。「チドリ」満月の浮かぶ空を見上げ、オレはもう一度その名を呼んだ。







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