ラウンジに下りると瀬田綾人がソファーに沈んでいた。倒れ込んでいた、という方が正確なのかもしれない。

「何…してんだ?」

あまりに不審だったので思わず訊ねると、「あらがきせんぱいー」とくぐもった声が聞こえた。顔をソファーに沈めた状態では息が出来なくて苦しいのではないかと思ったが、彼はうつ伏せのまま動かない。これは一体どういう状況なのか訊ねたくても、ラウンジには瀬田以外いなかった。それがまた珍しい。コロマルまでいないなんて、一体どうした?

昔であれば、人のいないラウンジなんてさほど珍しいことでもなかったのに、久し振りに戻ってきた寮内はやたら騒がしかった。
ラウンジには常に誰かが居て、帰ってくると必ず誰かには声を掛けられる。特に現場リーダーには、何故かどこにいても見つかった。放っておけと云っても、全く聞かないあの後輩には正直困りきっているのだが、不思議と嫌ではない。
またお前か、たっぷり嫌みを込めて云う俺に、彼女は「残念でした。わたしです」と全く気にした様子もなく笑うのだ。あの、人の事情なんてお構いなしの強引さは誰かに似ているな、と思っていたら何でもない。俺が誰よりも知っている幼なじみだった。

それはともかく、今はこの謎の状態だ。コイツはまた妹とは別の意味で厄介だと常々思っていたが、まさかこんなところでその厄介さに直面するハメになるとは思わなかった。どう接したらよいのかさっぱり分からない。かと云ってこのまま放置していくわけにもいかない。

「おい」
「はい」
「何してんだオマエ…」
「…空いたんです」

ごもごもと瀬田は何か云ったようだが、残念ながら聞き取れなかった。仕方ないのでソファーに沈む瀬田の側にしゃがみ込む。

「何だって?」

すると、突然瀬田に腕を掴まれた。あまりの突然の出来事に、思わず顔が歪む。声が出なかったのは、驚きすぎたからだ。

「空腹すぎて動けないんで、里綾が帰ってくるのを待ってるんです」
「……そうか」

少し顔を横に向けたらしく、瀬田の正気のない眸が髪の隙間から覗いていた。

「その妹はいつ帰ってくるんだ?」俺が訊ねると、「さあ?」と瀬田は力なく呟く。さあ?ってそのままいつ帰ってくるかも分からない妹を待つ気なのかと呆れると、瀬田はぐったりと俺を掴んでいた手を下ろした。全く何なんだよ。舌打ちし、立ち上がる。

「何が食いてぇんだ?」
「…はい?」
「だから、何食いてぇんだよ?」

がばりと両腕で身を起こし、俺を見上げてきた瀬田の目は本気だった。そんなに腹が減っていたか。なんだか少し哀れになる。

「荒垣先輩…俺、先輩のこと好きです」
「あーそうかよ。リクエストないなら適当に作るぞ」
「豚キムチチャーハン」
「豚もキムチも焚いた米もねえよ」
「里綾の、使ってください」
「オマエの妹はちゃんとしてんだな」
「俺の生命線ですから」

それだけ云うと力尽きたように瀬田はまたソファーに沈んだ。

おい、と呼びかけてももう瀬田は返事をしない。面倒なことを引き受けてしまったものだとキッチンに向かい冷蔵庫を開けると確かに冷蔵保存された飯とキムチと豚肉があった。この寮でこんなことをできるのは瀬田里綾だけだろうと勝手に判断して取り出す。無許可で使用することになるが、まあ緊急事態のようだから許されるだろう。
これまた使うのはひとりしかいなさそうなまな板と包丁を取り出し、蛇口を捻ると生暖かい水が吹き出した。


「そういえば」

俺は独り言のように呟く。

「瀬田、妹。…アイツ、随分無理してるみてえじゃねえか」

水の勢いにかき消されてもおかしくないような呟きだったのに、「そうなんですよね」と返事が返ってきたから驚いた。

「すごいですねー、先輩。アイツのポーカーフェイスも結構上手いのに」
「オマエ程じゃねえけどな」
「…荒垣先輩って、やっぱりヒーローだったんですねー」
「はあ?」

振り向くといつの間にか仰向けになった瀬田が天井に向かって両手を突き出し、「腹減ったー!」と叫んでいた。
おい、オマエそんなキャラだったのか。思わず突っ込みそうになる。







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