「山岸ー?山岸さーん?やーまーぎーしー!山岸風花ー!」

もう何度となく呼びかけているのにさっぱり反応がない。とっくに諦めてしゃがみ込んだオレは、まだ天井に向かって風花を呼び続ける綾人を眺めながらこっそりとため息を吐いた。

タルタロス内に居て風花と通信が繋がらないなんてことは今までに一度だってなかった。探すのに手間取っているか、或いは、考えたくはないが、此処が風花の能力の届かない辺鄙すぎる場所か、どちらかだろう。

「駄目だな」
ようやく無駄だと悟ったらしい綾人は、首を振りながら壁に凭れかかった。その左腕からは血が流れている。少し前、シャドウに吹き飛ばされた時に出来た傷だ。こんな状態の綾人を見たら里綾は正気を失うかもしれない。
吹き飛ばされた時、最後に聞こえた里綾の悲痛な叫びが今も耳を離れない。咄嗟に綾人がアイギスに里綾を託した。その選択がたぶん、ふたりを留めたのだろうと冷静になった今になってようやく理解できる。そうでもしなければきっと、里綾もアイギスも綾人の為に無茶をしたに違いない。あんなに可愛い子ふたりに愛されちゃって、ホント、全くもって羨ましい。

それにしても、一体何処まで吹き飛ばされてしまったのか。通信圏外の状況を見ると、さっきまでの場所とは全く別の所まで吹き飛ばされてしまったようだが、周りを見た感じ、とりあえずまだタルタロスの内部にはいるようだ。シャドウも彷徨いている。ふたりでも難なく倒せる程度の相手ではあるけれど、何せ今の綾人は怪我人だからあまり無理はさせたくない。
こんな時に限って傷薬もメディカルパウダーもない。勿論、オレのヘルメスも綾人のオルフェウスも回復は持っていない。こんなことならちゃんと真田さんの忠告を受けておくんだった。
いつも「準備を怠るな」と真田さんは云うけれど、今まさにその言葉が身にしみる。気付いた時には遅いんだぞ。やたら端正な真田さんの顔を思い出して、オレは顔を歪めた。すいません、やっぱり先輩の進言にはちゃんと耳を傾けるべきでした。

「そーいえばさあ」

真田さん、で思い出したわけだけど。と云ったオレを見る綾人の目は若干冷たい。完全に休憩モードのオレを諫めるような視線だ。綾人は怪我をした左腕を庇うように腕を組んでいる。痛々しくて直視できない。どうにかしてやりたいとは勿論思うけど、いかんせん綾人を支えてやろうと手を伸ばしても払われてしまうのだから仕方ない。

「里綾と真田さんって付き合ってんの?」
「はあ?」
「だって最近なんかイー感じじゃん?」
「知らないよ」
「んーまだ付き合ってはないのかな。でもオレは時間の問題だと思うんだよなー」
「あ、そ」
「お兄さん的にはどーなのさ。真田サン」
「別に。俺、関係ないし」
「またまた〜」
「そう云う順平はどうなんだよ」

躰を壁から離し、綾人は無表情のまま首を傾げた。

「最近、変だよな。気になる子でも、いる?」
「は?!オレ?!」

突然何を云い出すんだコイツは!普段は他人には全く興味ありませんって感じで人の変化になんて無関心なのに、時々恐ろしく鋭い。いや、違うな。普段から察しが良いのに、面倒がって口にしないだけか。どっちにしろ恐ろしい。

「オレは、別に、何もないぜー?」

確かに変わった女の子には出会ったけれど、そして若干気になるといえば気になるわけだけれど、そういうんじゃない。と思う。たぶん。

「お前さー、時々そーやって誤魔化すよな。ふふん、オレっちには既にお見通しなんだよなー」
「順平、」
「んー?なにかなー?」
「シャドウ」
「はー?もう綾人君はそうやって…って、は?!シャドウ?!」
「だからそう云った」

遠くからかなり大型のシャドウがこちらに向かって近付いてきている。まだこちらには気付いていないようだが、下手に逃げ出して他のシャドウにも見つかった挙げ句、袋小路なんてことになったら堪らない。
相手は一体。ここで始末できればそれが一番だけれど…。

「順平、頼んだー」
「ムリムリ!アイツ物理効かねーもん!」
「魔術師のくせに」
「アルカナ関係ねえよ!ってかそーゆー意味じゃないの!」
「順平ー」
「うわっ、マジ?アイツ火炎も耐性なかったっけ?」
「じゃあ尚更俺も無理」
「ぎゃー!どうするよー!」
「お手上げ侍?」
「ンな呑気なこと云ってる場合じゃないだろー?!うわっ、気付かれた!」

本気でこんなやりとりをしている場合じゃない。どうする、オレ!とりあえず綾人が積極的に戦える状態じゃないことは確かだ。下手に動いて出血多量で倒れられても困る。
でも、じゃあオレが…って云っても相性ってものがあってね!もー無理!風花ー!



『瀬田君と順平君、発見しました!』

「風花ー!」

呼びかけが遂に通じた…わけではないだろうが、風花の声がようやくオレたちに届いた。綾人もほっとしたように息を吐き出す。ふざけ合っていたけれど、やっぱり綾人も限界に近かったってわけだ。
だけどまだ目の前にシャドウがいる現状は変わらず、風花に見つけてもらったからってすぐに助けがくるわけじゃない。この場はオレがなんとかしないとな。ホルダーから召喚器を取り出し、呼吸を整える。
とりあえず、時間稼ぎでいい…よな。


「ティターニア」


オレがヘルメスを喚ぶより先に、目の前に新緑が広がった。それと同時に周囲の温度が一気に下がる。
一瞬で氷に閉じ込められたシャドウは、氷が割れるのと同時に消滅していた。本当に瞬く間の出来事だった。
目の前のソレが里綾のペルソナだと気付いた時には金に光る髪を靡かせた妖精の女王は新緑のスカートを翻し微笑んだ、ように見えた。途端、躰が軽くなる。見ると、綾人の傷も綺麗に治っていた。

「綾人!順平っ」

里綾とアイギスが駆け寄ってくる。曖昧な笑みを浮かべ、オレは召喚器をホルダーにしまった。

「綾人!」

まあ予想していたことだけど、勢いよくオレの横を突っ切っていく里綾を眺めながら、微笑ましいような切ないような微妙な気持ちになる。真っ直ぐに綾人に飛びついていった里綾を見て、里綾の一番にまだ当分変動はなさそうだとぼんやり思った。







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