待ちわびていた夏休みにようやく入ったのに、特にやることがない。なんて云ったら順平が喜びそうだから口が裂けたって云うものかと思っているのだけれど、本当にやることがないのだから仕方ない。

友達と出掛ける予定はあっても毎日ではないし、弓道部は夏に大きな大会も試験もないから必死に練習しなきゃいけないってこともない。
もしかしたら私の夏休みのイベントはこの前の屋久島旅行で終わってしまったんじゃないか。それはもはや不安というより、恐怖。何が楽しくて高校二年生という一番自由な時期に寮に籠もって過ごさなきゃいけないんだろう。
風花に愚痴ると、「でも、慌ただしくしているばかりが休日の使い方じゃないんじゃないかな」と困った顔をされてしまった。それはそうかもしれない、けど。でも、さすがに暇すぎる!

合宿から帰ってきた里綾は、「しばらく充電期間」と称してラウンジにいることが多かった。時々駅前の映画館にバイトに行っているようだったけれど、基本寮内にいるように思う。たぶん、暑いところに出たくないのだろう。
それに反して瀬田君は大会が終わった後も変わらず、毎日どこかに出掛けていた。里綾が云うには最近は長鳴神社に行っているんだそうだ。長鳴神社といえば、女の子がひとりで遊んでるって聞いたことがあるけど、もしかして瀬田君が遊んであげているのかな。いまいち想像できない。

里綾は数日前から、順平に借りたという携帯ゲーム器に熱中している。最初は「どこをどう押せばいいのか分からない!」と騒いでいたのに、いつの間にか扱いにも慣れたらしく、無言でひたすらゲーム器に向かうようになっていた。
里綾がゲームをやるなんて云い出した時は意外だなと思ったのだけれど、考えてみれば里綾に意外だとか似合わないだとかなんて言葉は当てはまらないのだと気が付いた。好き嫌いがないタイプなのだ。
やったことがないことはやってみたい。やれないことはやれるようになりたい。
いつでも前向きで、向上心のある里綾のスタイルには本当に感心するばかりだけど。


「ねー、里綾ー」

何度も読み返して飽きてしまった雑誌から目を離し、向かい側に座っている里綾に声をかけた。携帯ゲーム器を弄る手を止め、里綾は「なにー?」と気の抜けた返事をする。

「里綾、夏祭りどーすんのー?」
「どうするって、何が?」

不思議そうに顔を上げた里綾ににこりと微笑みかけ、私は立ち上がった。ぐるりと机を周り、里綾の横に座り直す。

「行くでしょ?」
「さあ?まだ分かんないよ」
「浴衣、着るよね?」
「だから行くかどうかも決まってないって」
「買いに行こうよー」

里綾に凭れかかると、甘い、良い香りがした。最近ハンドメイドのソープにハマってるって云ってたっけ。これはハチミツかな。甘いけど、甘すぎない。いいなあ、女の子って感じがする。
そういえば私もこの間、里綾からバスボムを貰ったんだよね。お湯に溶かすと薔薇の蕾がひとつ、浮かんできた。そのお店に今度連れて行ってくれるって云ってたけど…うん、すごく行きたくなってきた。

「でもさ、」
「うん?」

里綾が首を傾ける。と私も少し滑る。

「この間水着買ったばかりだよ?」
「だってそれは必要だったんだから仕方ないじゃない?それに水着は水着、浴衣は浴衣でしょ」
「岳羽さんはお金持ちだねー」
「映画館のバイトで結構稼いでる人に云われたくないなあ」
「ふふふ」

里綾から体を離し、机に放り出した雑誌を引っ張る。さっき見ていた夏イベントの特集ページだ。

「私としては、こーんな感じの浴衣がいいんだよねー」私が濃いピンク生地に小さな花がポイントの浴衣を指差すと、「ちょっと色が強くない?もっと淡い色の方がゆかりは合うと思うなあ」と里綾は顔をしかめた。

そうかなあ、その浴衣に未練のある私は呟く。そうだよ、と云う里綾の口調には自信があった。里綾が云うならそうかもな、と私も納得をする。
ならどれがいいだろうとページをめくってみると、次のページはもっとレトロな落ち着いた浴衣ばかりだった。里綾にはこういうのが似合いそうだよね。私が云うと、可愛いね、と里綾も顔を綻ばせた。

「こういうの、着てみたいかも」

ようやく乗ってきたな、と里綾の雑誌を見る目が真剣になったことに気付いて私はにやりとした。

「でも高いね…」
「そうなんだよねー。可愛いの、って選ぶとね…」
「どうせ買うなら、やっぱり気に入ったやつだよね」
「妥協はしたくないよね」

「……行っときますか」

真顔で私に向き直り、里綾は私の右手を両手で取った。私も、そこに左手を添え、ぎゅっと握る。

「行きましょう、リーダー」
「満月も近いし」
「絶対負けらんないし」
「アイギスの力も知りたいし」
「私たちの力だってまだまだ足りないし」

うん。互いの目を見つめながら、大きく頷く。


本日の予定、タルタロス散策。
決定。







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