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………


あ、綾人!
聞いたよー。お疲れ様、おめでとう!え?ううん、2位でもすごいよ。もー!どうでも良くないから!
そういえばゆかりや風花には会えた?え、ウソ。いたよ。いたって。だって試合の結果、ゆかりにメールで教えてもらったんだから。えー、全然気付かなかったんだ…?うーん…内緒にしておいてあげる。うん。

宮本くん?大人しくしてるよ。膝、相当悪いんだね。わたし全然気が付かなかった。
うん、大丈夫。西脇さんが付いてるし。西脇さんね、綾人ことすごく心配してたよ。試合、やっぱり見に行きたかったみたい。今は、うん、みんな部屋にいる。たぶん怖い話とかしてるんじゃないかな。わたしはちょっと抜けてきた。電話したかったし。

あ、うん、すごく良い所だよ。静かだし、とても穏やかだし。まあ、それがちょっと寂しくもある、かな。
そうそう、駅の時刻表を見たらね、暗記できそうなくらい少なかったのにはびっくりしたなあ。乗り過ごしたら全部の予定が狂っちゃいそうなくらい少ないんだよ。綾人なんていつも電車の時間気にせず駅に行っちゃうから、きっとプラットホームで待ちぼうけだね。
駅もすごくレトロな感じで珍しかったんだよ。趣があるっていうか…あ、電車もね、2両しかなかったの。ワンマン列車って云ってたけど、どういう意味だろう?

わたしたちの泊まってる旅館もかなり古いんだって。
伝統ある旅館で、温泉が特に有名らしいよ。って叶先生が云ってた。今回の合宿地の決定は、単に叶先生が温泉に入りたかったからじゃないかってみんな云ってる。でもまあそのお陰でわたしたちも温泉に入れるんだから文句ないよね。

…そういえば叶先生って、最近良くない噂を聞くんだよね…。ただの噂、だと思うけど…。叶先生のこと、よく思ってない人多いみたいだし。まあ、わたしも顧問としてはどうかなって思うけどさ…。

え?ああ。ヤソイナバ。はちじゅう、に、いね、に、はね。八十稲羽。電車かなり乗り継がないと着かないよ?来てみたい?あ、そう。

あ、でね、旅館の女将さんの娘さんがね、中学生らしいんだけど、すごい美人なの。その子の友達も可愛い子なんだよ。
えーだって可愛い子がいたらテンション上がるでしょ?えーそうかなー。まあいいや。

それでね、その子たちが云うには、近々大きなショッピングセンターができるんだって。ジュネス…って云ってた。綾人知ってる?うん、そうだよね。港区の方にはないもんね。郊外に行けばあるのかな。
でも雪子ちゃんは心配してた。あ、雪子ちゃんって女将さんの娘さんなんだけど。…別にいいじゃない。特技なんですー。悪いことじゃないでしょ。ね?
で、八十稲羽って商店街が生活の中心なんだって。そういえばコンビニもないの。買い物は大抵商店街に行くんだって云ってた。なのにショッピングセンターができちゃったら、やっぱり便利だもの。そっちにみんな行っちゃうでしょう?そしたら商店街はどうなっちゃうのかなって心配してた。
そういうの、難しいよね。洋服とかそれなりのものを買おうと思ったら電車に乗って大きな街まで行かなきゃいけないんだって。映画館やお洒落なカフェもそこまで行かないとない…なんて、そんな生活したことないし。

実際に八十稲羽で生活しなくちゃいけないってなったら…やっぱり暇を持て余しちゃうのかなあ…。分かんないや。雪子ちゃんは本当に退屈なところだって云ってたけど………あ、うん、ごめん。もしかして雪子ちゃん、この街が好きじゃないのかもって思って。
そんなわけないよね。好きでもない街のこと、心配したりしないよね。なんだか難しいな。

でもわたしは、港区じゃなくたって、もっと全然違う場所だって、みんながいたら楽しいと思うんじゃないかな。分かんないけど。

あ、ごめんね。えっと、綾人も疲れてるよね。
えーと…あ、アイギス、どう?慣れた?…そう。でもさ、ずっと寮にいなきゃいけないってなんだか可哀想だよね。近場でも連れて行ってあげられないかな。神社までとか、夜の散歩、とか。
…で、えっと…え?え、なんで?ええっ?べ、別に気にしてないし!なってない!なってないから!違うってば…。
ん、あ、そう…うん。あ、そっか、もうそんな時間…分かった。うんありがとう。じゃあね。うん。


『おやすみ』




綾人の言葉を最後に、通話が切れた。否、影時間に突入した。
おやすみ、と云えなかったわたしは機械音すらしない携帯を握りしめたまま、ぼんやりと影時間に落ちた世界を見つめる。

天城屋玄関フロアのソファーに沈み、もう慣れてしまった静寂に唯一の音を吐いた。影時間が明けるまでは部屋に戻れない。かといって他にやることもない。
わたし以外の全てのものが時を止めた空間に、携帯を閉じる音が響く。

ふと視線を横に向けると、大きなプラズマテレビが視界に入った。影時間の中で圧倒的な闇を秘めるその大画面は、そうして眺めていると飲み込まれてしまいそうで恐ろしくなる。早く影時間が明けてくれますように。携帯電話を握りしめ、祈るように目を閉じた。







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