「ちょ、おい、綾人!」

少し前を勇んで歩くゆかりッチと心配そうに付いていく里綾を視界に収めたまま、オレは小声で綾人を呼んだ。綾人も前方のふたりを気にしながら、「何?」と短く答える。

「ゆかりッチ…今からでもなんとかならねえ?」
「里綾が手を尽くした」
「ホントにホントにヤバいって!」
「かもね」

あまりに冷静な答えに、本当にコイツも分かってんのかなと心配になる。ってかオレは里綾じゃなくて、お前に手を尽くして欲しかったんだよな。両手をジャケットのポケットに突っ込み、いつもと変わらぬ表情で、オレの横を歩くクラスメイトを見やる。ゆかりッチがコイツのことを意識してんのは明らかで、だからコイツが本気で心配してるんだって態度を見せれば、あの云いだしたら絶対聞かない頑固なゆかりッチも考えを改めてくれるんじゃないかって期待した、のに。全然危機感ないし。
せめて自分も巻き込まれてる時くらいやる気出してくんないかなーって…違うな。せめて里綾が巻き込まれてる時くらい本気を見せてくれ。かな。

しかし、普段の綾人なら面倒くさいの一言で断りそうな今回の事にこうやって付いて来てるのは、もしかしたら里綾がいるからなのかもしれない。そう考えてみればなるほど、確かに綾人の行動原理はいつも一貫している。里綾がいるか、いないか、だ。やっぱり妹想いの良い奴なんだな。うんうん。って今はそれどころじゃない!


「ぜってーヤバいと思うんだよ、オレ。ゆかりッチって相手平気で挑発しそうだし、なんてったってふたりともカワイイし…あー、もーどーするよ、綾人!」
「俺、思うんだけど」
「何?!何かいい案あるのか?」
「女の子のピンチにはきっとヒーローが助けに来てくれると思うんだよね」
「…えと、一応訊くけど、それってオレらのことじゃないよな?」
「当たり前」
「そーだよな。でもな、フツーそんな都合よく誰かが助けに現れたりしねーの!漫画の読み過ぎですよ、綾人クン!」
「ジュンペーに云われたくない…」
「しかしアレだな。本当にそんな奴が現れたとして、助けてくれたとして、そしたら次はもう決まってるな。恋に落ちるんだろ。お前、その正体不明のヒーローとやらに里綾を持っていかれてもいいのか?!そんな奴に取られてもいいのかー!!」
「なんで里綾限定?岳羽でもよくない?…まあ、もし本当に助けに来てくれたなら、いいんじゃないの?」
「いいのかよ…」

大事な大事な妹なんだろ?驚くというより、呆れた。本当にあっさり誰かに持っていかれても、コイツはこんな風に云い切れるんだろうか。執着のない奴だとは薄々気付いていたけれど、たったひとりの妹に対してもそうなのだろうか。少しはコイツのことが分かったと思っていたのに、違っていたらしい。オレに綾人のことが理解できる日が来るのかな。自信がない。

気が付くとゆかりッチたちはすでに裏路地へと足を踏み入れようとしており、綾人も彼女たちとの距離を縮めるように少し歩を早めた。オレも慌てて後を追う。すると一瞬、里綾が振り返り、オレに不安げな視線を向けてきた。そういえば寮を出る前に、里綾に頼まれたんだった。里綾自身が怯えているとかそういった雰囲気はなかったので、たぶん彼女が気にしているのは偏にゆかりッチのことだろう。任せとけ、と云ったからには彼女の期待に応えないと。

ああ、でも本当にヒーローが現れてくれちゃったりしないかなあ!
綾人にはああ云ったけれど、やっぱり漫画的展開を期待してしまった。







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