彼女とばったり会ったのは、遅れていた課題を先生に提出してきた帰りだった。職員室から出た私の目の前を、帰り支度を済ませた里綾ちゃんが早足に過ぎていく。普段はかけていない眼鏡までかけてどうしたのかな、と私はその様子を見守っていたのだけれど、行き先がどうやら図書室らしいと気が付いて声をかけた。

「沙織?」

少し驚いた様子で振り返る里綾ちゃんの見慣れない眼鏡姿があまりに可愛くて思わず顔を綻ばせる。

「どうしたの?今日は委員会お休みだけれど…」

私が訊ねると里綾ちゃんは少しだけ云いにくそうに、「勉強、しようかなと思って」と答えた。

「試験前、だものね」

なるほど、と微笑んでみるけれど、里綾ちゃんは何故か歯切れが悪い。まるで知られたくなかったみたいだ。どうしてだろう。別に試験前に勉強するのはおかしいことじゃない。ほとんどの人が試験が近いといえば机に向かうだろうし、その場所を図書室に求める生徒だって少なくはない。なのに、どうして?

声には出さなくても、表情に出ていたのだろう。里綾ちゃんは苦笑して、私を手招きした。
なあに?招かれるまま里綾ちゃんに近付き、背を屈める。彼女はまるで盗み聞きされる警戒するかのように私の耳元で「勝ちたいの」と云った。
「誰に?」当然のように私は聞き返す。

「綾人」

聞いたことのある名前だな、と記憶を辿る。
「里綾ちゃんの、お兄さん?」
そういえばクラスメイトたちがよく口にしている名前だ。「そう」里綾ちゃんが頷く。

話したことはないけれど、姿を見たことはある。随分と綺麗な子だな、と思った。彼が里綾ちゃんの双子のお兄さんなのだと聞いて納得がいった。

見目がいい人は世の中にたくさんいるけれど、そこにいるだけで周りが華やぐような存在感を持つ人は、案外少ない。里綾ちゃんや里綾ちゃんのお兄さんは、その数少ない人たちなのだろう。
しかし、クラスメイトたちの噂話を聞く限り彼はかなり勉強のできる人らしいけれど、里綾ちゃんだって相当のものだろうに、と私は首を捻る。

「お兄さんに勝ちたいの?」
うん、と里綾ちゃんは力強く頷く。
「だって悔しいから」
「どうして?」
「だって…」と彼女は顔をしかめた。そんな仕草だって、彼女がするとなんだか可愛い。

「綾人、全然勉強してないんだよ」

決定的な証拠だと云わんばかりの迫力に、私は呆気に取られてしまう。

「えっと…本当にしてないの?こっそりやっていたりとか…」
「ない」
「はっきり云うのね」
「うん。映画館通ったりゲームセンターに入り浸ったり、毎日ふらふらして、帰りだっていっつも遅いんだから」
「そう、なのね…」

クラスメイトたちはミステリアスな存在として彼を捉えているようだったけれど、妹である里綾ちゃんからしてみればただの不良少年らしい。人の噂なんて、やっぱりアテにならないな。そう思うとおかしくて仕方ない。

「じゃあ、お兄さんに忠告しておかないとね」
「ん?」

里綾ちゃんが首を傾げる。にっこりと微笑んで、「最近、風紀委員が素行の悪い生徒を徹底的に取り締まっているって聞いたから」私が云うと、里綾ちゃんは「そうなんだよね」とまた顔をしかめた。
そういえば里綾ちゃんは生徒会にも属していたんだっけ。里綾ちゃんも大変なのね、私は呟いていた。







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