DEUTZIA



『Sandersonia / Eastern Daisy Fleabane, Doodles St. 11:00 』

どうしてこんなメモがポケットにねじ込んであったのかは分からない。
分かるのは、このメッセージを書いたのは自分ではなく、そしてこの『Eastern Daisy Fleabane, Doodles St.』というのが、この場所を表しているということ。
『11:00』の後は何故か破れてしまっているので、いつの『11:00』なのか、それが午前を表しているのか午後を表しているのかすら分からない。

(詳しく考えるのは、後にしよう)

暗い部屋に電気を点けて、慶次は思った。
横目で毛利の様子を伺えば、彼は先から全く変わらぬ姿勢で窓枠に背を預けていた。ただ毛利の背後にあるガーベラだけが、風もないのに少し揺れている。

「なあ、いい加減教えてはくれないか。あんたは知ってる、だから黙ってる。違うのかい?」

そもそも話す気はあるのだろか。考えてみる。多分、ないのだろう。話す気がないから、黙っている。その気があるのなら、きっとなんらかの方法で伝えてくれているはず。完全に手詰まりだ、と投げ出したくなった。けれど、今更そういうわけにもいかない。手持ち無沙汰も相まって、自身の持ち物を探ってみた。何か役に立つものを持っていたらいいと期待したのだけれど、生憎そういったものは持ち合わせていなかった。出てきたのは先程の謎のメモ。慶次には、メモを持っていたという記憶も、また何をメモしたものなのかという記憶も全くなく、突然出てきたそれにただ驚くばかりだった。
そして携帯電話。電源がきれていたので電源を入れようとしたのになんの反応もない。電池切れなのだろうか。分からないけれどそれしか説明できない。

(どうにも、変だ。俺自身)

事件の真相を知りたい、その一心でここにいるはずなのに、色々なものが抜け落ちている。

(その答を多分、この人が持っている)

毛利に視線を向ければ、彼もまた、何かを悩んでいるように見えた。

すると突然毛利が窓枠から背を離した。何の前触れもなく膠着状態を脱したことに、慶次は驚く。毛利は徐に上着のポケットから手帳とペンを取り出た。カチリ、という音が響く。まるで準備完了を知らせる音みたいだな、と慶次はぼんやりと思った。紙上をペン先が走る音が、止む。と同時に毛利は顔を上げた。手帳を慶次に投げる。

『そもそも、何を知りたいんだ?』

最初のページにそう走り書きがされていた。整っていて綺麗な文字だ。視線を上げて、慶次は毛利を見る。

「何って、当たり前…だろう?」

口にしながら、何が当たり前なんだ?と思った。何を知りたいんだっけ?頭に警告音が響き、考えがまとまらない。毛利が近づき、慶次の手から手帳を奪った。目の前で文章を追加する。

『知りたいのが事件の真相だというのなら、話は簡単だ。誰が殺されて、誰が犯人なのか。確かに我は知っている。しかし、知っているのは我だけではなく、全員だ。長曾我部も知っているし、猿飛も知っている。勿論、其方も、だと思っていたが違ったのだろうか』

今度は慶次に見えるように文字を書いた。慶次は眉をひそめてそれを見ていたが、最後の問いかけにだけは小さく言葉を発した。頭の中には否定の言葉があったのに、実際に口から零れたのは、肯定。

「ちょ、っと…待て」

急に全身が麻痺したような感覚に囚われた。その癖、思考はやたらはっきりとしていた。

「俺がそれを知ってる、の、なら…俺は、なんで」
『飲まれてしまったのだ、其方自身も』
「何に?」
『嘘に』
「嘘?」
『本当は、何をしに来たのか』
「何の為に、来たのか」
『それを落としてしまった。此処に足を踏み入れた時に。或いは、其方が車から下りた瞬間に』

パタン、毛利が手帳を閉じる。


「何を、知りたいんだ?」


毛利の眸が慶次を覗き込んでいた。
慶次も毛利に焦点を合わそうとするが、上手く視点が定まらない。言葉を発しようとしたが音にならず、一度唾を飲み込んだ。

「俺が知りたかったのは…」

ざわざわと耳の辺りで不愉快な音が続いていた。それが実際の音ではないのだと分かってはいたが、思考を邪魔するその雑音を止める方法は分からなかった。
必死に考えをまとめようとする。ひどく緊張している時のように、考えれば考えるほど形のある答えは遠退いていった。

「つまり、」

答えを待つ毛利の両目が細められる。
春の色だ、と慶次は思った。

「…何故、まだ、此処に残っているのか、という、事」








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